東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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裁判

訴状 2004年11月17日


                  訴      状
                     
平成16年11月17日
東京地方裁判所民事部 御中

原告訴訟代理人弁護士  川  人     博
同                山  下  敏  雅

  原         告    重  光  由  美

〒113-0033 東京都文京区本郷2丁目27番17号 ICNビル4階
川人法律事務所(送達場所)
TEL 03-3813-6901 
上記原告訴訟代理人弁護士  川   人      博
同所   同             山  下  敏  雅

〒105-0014 東京都港区芝浦1−1−1
 被         告  株式会社東芝
上記代表者代表執行役  岡  村     正

解雇無効確認及び損害賠償等請求事件
訴訟物の価額    2020万0908円
貼用印紙額       8万3000円


請 求 の 趣 旨

1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
 2 被告は,原告に対し,金1717万9413円及びこれに対する訴状到達日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告は,原告に対し,平成16年10月から本判決確定の日まで,毎月25日限り月額47万3831円の割合による金員を支払え。
 4 訴訟費用は被告の負担とする。
 との判決並びに第2項及び第3項につき仮執行宣言を求める。




請 求 の 原 因

第1 事案の概要
 原告は,被告株式会社東芝(以下「被告会社」という。)に就職し勤務していたところ,2000年(平成12年)11月ころより被告会社内で発足した「M2ライン」立ち上げプロジェクト業務に従事し,長時間残業・休日出勤や各種会議開催等の過重な業務により,業務上の過度のストレスを受け,そのために精神障害に罹患し,2001年(平成13年)9月4日より休業を余儀なくされた。そして,被告会社は,原告が業務上の疾病に罹患しているにもかかわらず,休職期間の満了を理由に,2004年(平成16年)9月9日付けで解雇する旨の通知を同年8月6日に行った。
 本件は,原告が被告会社に対し,解雇の無効確認,並びに治療費,賃金と傷病手当金等との差額分,将来にわたる賃金ないし賃金相当額損害金及び慰謝料等を請求した事案である。
第2 当事者
 1 原告
(1) 原告は,1966年(昭和41年)4月○○日に生まれ,中央大学を卒業後,1990年(平成2年)4月に被告会社に入社し,生産技術研究所に配属された。
(2) 原告は1994年(平成6年)10月に姫路工場の液晶事業部に配属された後,1998年(平成10年)1月に深谷工場へ転勤となり,本件精神障害発症時,原告は深谷工場液晶生産技術部アレイ生産技術担当であった。
  原告は1990年(平成2年)4月,被告会社に雇用された。同雇用契約は期間の定めはなく,賃金は月末締め翌月25日払いと定められている。

 2 被告会社
 被告会社は,電気機械器具製造等を業とする株式会社である。
 本社は東京都港区芝浦に所在し,原告が本件当時勤めていた被告会社深谷工場は埼玉県深谷市幡羅町に所在している。

第3 原告の過重な業務及び精神障害発症・増悪

 1 「M2ライン」プロジェクト発足と原告の精神障害発症
(2000年11月から2001年4月ころまで)
  (1) 業務の過重性
   ア 2000年(平成12年)10月頃,被告会社においてパソコン等の製品に用いる液晶の生産「M2ライン」立ち上げプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)が始動した。同プロジェクトは,ポリシリコン液晶の製造を効率よく行うために基盤サイズがこれまでで最大である点,及び,初めから量産ラインとして立ち上げるために立ち上げ期間が非常に短い「垂直立ち上げ」である点に特徴を有していた。
 原告は同プロジェクト中,「アレイ工程」の中の「ドライエッチング工程」のリーダーを務めることとなった(以下「A業務」ともいう)。なお,ドライエッチング工程の技術担当者は,原告を含め3人のみであった。
 イ 12月始めころより,原告はドライエッチング工程の立ち上げ業務のため,長時間残業及び休日出勤を強いられるようになった。
 原告は,毎朝午前8時から開始される朝会に間に合うように出勤し,退勤時刻は深夜午前0時ないし1時ころまで及ぶようになった。
 被告会社は土曜・日曜も原告の出勤日として当然のようにスケジュールを組み込んでおり,また土曜・日曜が出勤日とされていない場合でも,業務に遅れが生じている場合には,必然的に休日出勤を余儀なくされた。
 ウ 特に2001年(平成13年)2月頃,原告のドライエッチング工程でトラブルが多発し,原告はその対応に追われた。被告会社内ではドライエッチング工程が「M2ライン・アレイ工程」での最重要改善工程であるとされ,翌3月ころから,対策会議がほぼ毎週開催された。
 エ 原告が本件プロジェクト業務に従事し,精神障害を発症するまでの期間の,所定労働時間に対する時間外労働時間は,少なくとも被告会社が認めるだけでも以下の通りであり,実態としては時間外労働が100時間を超えることが多かった。
2000年(平成12年)
11月  39時間50分
12月  98時間75分
2001年(平成13年)
1月  79時間75分
2月  79時間75分
3月  94時間50分
4月  80時間00分
  (2) 原告の精神科受診
 上記のような過重な業務のため,原告は心身共に疲弊し,体調が悪化した。
 原告は2000年(平成12年)12月13日及び2001年(平成13年)4月11日,Hクリニックにおいて診察を受け,抑うつ状態と診断された。
 もっとも,原告は被告会社における多忙な業務のため,その後翌5月まで同クリニックに定期的に通院することはできなかった。

 2 新たな業務の担当の要請等と原告の症状の増悪(2001年5月)
(1) 2001年5月の原告の業務
 ア 原告の担当するドライ工程のトラブルを改善し,新条件の下で流品を開始した。しかし依然として不具合が発生し,原告担当部分の装置は7台中数台しか稼働していない状態であって,装置立ち上げスケジュールが予定よりも遅れていた。
 そしてドライ工程のみならず他の工程でもトラブルが生じていたため,当初7月にはフル生産稼働を開始させるはずであった生産立ち上げスケジュールは,全体として遅れる見通しとなった。
  また,5月上旬に,同工程の技術担当者の1人が別の部署に異動となり,担当者が原告を含めて2人のみになったため,原告の業務量が増加した。
 イ 原告はこの頃,F課長より,本件プロジェクト業務(A業務)以外の業務も担当するように指示された。なお,F課長は,原告の直属の上司ではあるが,本件プロジェクトは担当していなかった。
(ア) 「反射製品」開発業務(B業務)
a 同月中旬ころ,F課長は原告に対し,「反射製品」開発業務(以下「B業務」ともいう。)をも担当するように指示した。
  (a) 「反射製品」とは,バックライトにより画面を表示させる従来の透過型とは異なり,上からの光を反射させて表示させる液晶であり,原告はそれまで同製品の開発には携わった経験がなかった。
  (b) 原告は本件プロジェクト業務(A業務)自体多忙であったため,原告が担当していた工程のリーダーは他の従業員が担当することとなった。しかしながら,新旧リーダー間の業務引継の時間を十分に取ることができなかったため,原告はやむなく本件プロジェクト業務(A業務)を継続して行いながら,反射製品開発業務(B業務)のリーダー兼スルーも並行して務めるようになった。
b 承認会議
(a) F課長の原告に対する上記指示の中には,反射製品について同月31日(木)開催される「P−DAT(プロセス開発承認会議,以下「承認会議」という。)」の主催も含まれていた。
 S主務(原告の所属ではない「(L製技)」の主務である)は,同承認会議に向けた打ち合わせを行うよう原告に指示し,同月22日,原告が同打ち合わせを主催した。
(b) 「承認会議」とは,製品の出荷に向け,安全性,コスト等あらゆる視点から開発過程を検討し,被告会社からの承認を得るための会議である。
新製品の出荷スケジュールに間に合わせるためには,31日の承認会議で必ず承認を得られるようにしなければならず,緊張度の高い会議であった。
しかしながら,原告は反射製品のプロセス開発の詳細内容を知らされておらず,かつそれまで承認会議を開催した経験がなかったことから,原告にとって過大な精神的負荷となった。
(イ) 「パッド腐食」対策業務(C業務)
 上記の多忙な業務の中,同月中旬ころ,F課長は原告に対しさらに「パッド腐食」の対策業務(以下「C業務」ともいう。)をも行うように指示した。同業務は,反射製品固有の問題ではなく,液晶分野一般に関わる分野の業務である。
 もっとも,原告はこのとき,反射製品開発業務(B業務)だけでもボリュームがあると述べて,同業務の担当を断った。
(2) 原告の12日間連続欠勤
ア 上記打ち合わせに出席した翌日の23日(水)は予め取得していた有給休暇日であったが,激しい頭痛に見舞われ,その後の24日(木),25日(金)及びその翌週の28日(金)から6月1日(金),療養のため欠勤し,結局5月31日(木)の承認会議には出席することができなかった。
イ 原告は5月29日(火)ころ,S医院(内科)を受診し,点滴等の治療を受けた。

 3 2001年6月以降の業務と原告の欠勤
(1) 原告の業務
 原告の身体・精神状況にもかかわらず,被告会社は次々原告に新たな業務を課し,あるいは課そうとした。
ア 「パッド腐食」(C業務)への対応
 12連休が明けて原告が2001年6月上旬に被告会社に出勤したところ,一度は原告が担当を断ったはずの「パッド腐食」(C業務)について担当者とされていることが判明した。
 原告は再度同業務の担当を断った。
イ 「半透過製品」業務(B業務のうちの一)の担当
上記「2」「(1)」「イ」「(ア)」に述べたF課長の指示中には,「半透過製品」に関するDR−C(デザインレビュー会議,以下「レビュー会議」という。)及びP−DAT(承認会議)の主催担当も含まれていた。
同年6月下旬ころ,原告はF課長に対し,体調不良を訴え,同業務の担当はできない旨申し出た。それにもかかわらず,同課長は原告を同業務担当から外さず,「(L製技)」のK課長も原告に対しこれらの会議の主催を担当するよう重ねて指示したため,実際に同業務を原告が行わざるを得なかった。
原告がレビュー会議及び承認会議を実際に担当するのはこれが初めてであり,またこれらの会議には通常約1ヶ月間の期間を要するにもかかわらず,被告会社は原告に対し,これらの会議を約1週間という困難な日程で行うよう強いた。
ウ 反射製品担当業務(B業務)
7月の承認会議終了直後,原告はF課長に対し,体調不良のため反射製品業務の内容を限定するよう求め,課長もこれを了承した。
しかしながら,新担当者は具体的には決まらず,原告は反射製品業務の会議への出席を求められたり,不具合への対応を求められたりするなど,実質的には反射製品業務のリーダーである時と変わらない業務が継続した。
エ 8月22日,被告会社内で「M2ライン不良解析チーム」が緊急発足し,原告の知らぬ間に原告も同チームのメンバーとされていた(D業務)。
(2) 原告の通院及び欠勤
ア 同年6月より,原告の頭痛・不眠・疲労感等の症状が重くなり,業務遂行が困難となったため,Hクリニックに本格的に通院を始めるようになった。
イ 同年6月7日,被告会社において長時間労働者の定期健康診断が行われ,産業医との面接を行った。
ウ 原告の主催した前記「半透過製品」のレビュー会議,承認会議がそれぞれ同年7月3日及び5日に終了したが(B業務),その後,原告は体調を崩し欠勤した。
エ 同月中頃,原告は頭痛のために眠ることができず,連日頭痛薬を服用するようになった。
なお,このころ,課長は原告に対し,「うつ状態ではないの?病院には行っているのか。その病院はちゃんとしたところなのか。週2回行っているのか」などと,原告の健康状態を認識したうえで質問した。
原告は「病院には定期的に通っている。仕事ができないので,反射製品の新リーダーを具体的に決めて欲しい」と答え,反射製品の新リーダーからようやく実質的にも離れることとなった。
オ 7月25日ころ,原告が療養のため欠勤していたところに,F課長は原告自宅に電話をかけ,会議への出席を求めるなどした。
カ 7月28日から8月5日までは工場全体が休日であり(土日以外は社員は有給を利用した夏休みとなる),原告は8月6日にも有給休暇を取得して療養したが,翌7日ころ,原告は会社にいることが嫌でたまらなくなり,わけもわからず涙が止まらない状態となった。
 なお,同年8月11日から15日までは被告会社の盆休みである。
キ 原告は盆休み明け以降も上記(1)エのように新業務を課せられるなどし,健康状態が改善しなかった。
 そして,同年8月24日にHクリニックで「しばらく会社を休みましょう。」とアドバイスされたことにより同年9月から療養生活に入った。
ク なお,原告は2001年(平成13年)10月1日より1週間,及び2002年(平成14年)5月13日に勤務を行ったこともあるが,やはり健康状態が優れず,現在に至るまで療養生活となっている。

 4 以上述べた過酷な勤務状況からみれば,原告が過重な業務により精神障害を発症し増悪させたというべきであり,業務と原告の精神障害発症との間に相当因果関係があることは明白である。
なお,原告には,他に精神障害発症の原因となる事情はない。

第6 解雇及び労災申請
  被告会社は2004年(平成16年)8月6日,原告に対し同年9月9日付けで休職期間満了により解雇する旨の通知を電話で行い,重ねて書面により同通知を行ったが,上述したように本件精神障害が業務に起因し,現在もなお療養中である以上,労働基準法19条1項により当該解雇は無効である。
  原告は,本件精神障害が業務に起因するものであることから,同年9月8日,熊谷労働基準監督署に対し労災申請(休業補償給付支給請求及び療養補償給付たる療養の費用請求)を行った。

第7 安全配慮義務違反
 1 一般に,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(最高裁判所判決平成12年3月24日民集54巻3号)。
 しかしながら,被告会社は,コストを削減して営業利益を上げることのみを追求し,
    @ 連日長時間労働及び休日労働を行わせ,
    A 無理なスケジュールを設定し,
    B 原告に多大な負担がかかっていたにもかかわらず適正な相談・アドバイスをせず,また人員の配置・補充や業務内容の調整を行わず,
    C 原告の健康状態を認識していた以上,その症状に応じて業務内容の軽減等の適切な処置をとるべきであったのにそれを怠り,
  そのため,前述したとおり,原告は精神障害を発症・増悪させ,休業を余儀なくされた。
 したがって,被告会社は原告に対し,安全配慮義務違反による債務不履行責任及び民法709条による不法行為に基づく責任を負う。

 2 原告の損害
 被告会社の安全配慮義務違反の結果,原告の受けた損害は,以下の通りである。
(1) 治療費
    別紙治療費一覧のとおり,合計13万2090円
  (2) 診断書作成料
    3150円 × 11通  = 3万4650円
  (3) 交通費
  原告はこれまでに5回,山口県周南市の実家で療養するために下記の交通費を要した。
     @2001年(平成13年)9月8日〜9月27日
     A同年10月7日〜10月19日
     B同年10月27日〜11月16日
     C同年12月1日〜12月14日
     A同年12月27日〜2002年(平成14年)1月11日
    4万0860円(往復) × 5往復 = 20万4300円 
  (4) 賃金・傷病手当差額分
 ア 原告が精神障害を発症する以前の2000年(平成12年)の年収は金568万5983円であった。原告は被告会社における業務に起因した本件精神障害を発症しなければ同賃金を得られたはずであるが,被告会社から支払いはない。
  一方,被告会社においては,同社健康保険組合より,療養のため就業出来ない場合,欠勤4日目から1年6ヶ月間,傷病手当金及び傷病手当附加金として1日につき,標準報酬日額の合計80%が従業員に支給され,さらに,延長傷病手当附加金がその後6ヶ月間80%,次の6ヶ月間60%,さらに次の6ヶ月間は40%が支給されることとされている。
したがって,原告は被告会社に対し,下記の通り,平成13年9月分より平成16年8月分まで,合計511万7382円の賃金請求権ないし損害賠償請求権を有している。
   平成13年9月〜平成15年2月分
      5,685,983 円 ×(100-80%)×1.5 年 = 1,705,794 円
平成15年3月〜平成15年8月分
   5,685,983 円 ×(100-80%)×0.5 年 = 568,598 円
平成15年9月〜平成16年2月分
   5,685,983 円 ×(100-60%)×0.5 年 = 1,137,196 円
平成16年3月〜平成16年8月分
   5,685,983 円 ×(100-40%)×0.5 年 = 1,705,794 円
イ また,被告会社の原告に対する本件解雇は無効であるから,原告は被告会社に対し将来分についても賃金支払請求権を有している。そしてその平均賃金額は,上記年収の12分の1である1ヶ月47万3831円をもって平均賃金とすべきである。
  (5) 慰謝料
 本件により原告が受けた精神的苦痛の慰謝料として,金1000万円を下るものではない。
  (6) 弁護士費用
 被告において負担すべき弁護士費用として,上記1ないし5の請求額の1割相当額,すなわち金169万0991円が相当である。
  (7) 合計
したがって,原告の受けた損害額は上記(1)ないし(6)の合計額,すなわち金1717万9413円となる。

第8 結語
 よって,原告は被告会社に対し,労働契約に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め,債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求並びに賃金請求として金1717万9413円と,平成16年9月分以降の一ヶ月47万3831円の割合による賃金の支払いを求める。


証  拠  方  法

 ともに提出する証拠説明書のとおり。

添 付 書 類

  1 訴状副本        1通
  2 甲各号証の写   正副各1通
  3 証拠説明書    正副各1通
  4 資格証明書       1通
  5 訴訟委任状       1通


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