東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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労災申請

精神部会 意見書


(甲127号証)
                   意見書の提出について

 埼玉労働局地方労災医員協議会は、貴職から依頼のあった重光由美にかかわる精神疾患について、別紙のとおり意見に達したので意見書を提出する。

                                   平成17年12月5日

 埼玉労働局長 殿
         
                          埼玉労働局地方労災医員協議会
                          精神障害専門部会       
                          部会長 F
                          

         



重光由美にかかわる意見書

1 精神障害の発病の有無、発祥時期および疾患名の特定

1) 本事案の経過の概要
 被災労働者重光由美氏は、平成2年4月に東芝に入社し、生産技術研究所に配属され、その後、平成10年1月に深谷工場へ転勤となった。入社以来、技術者として主に液晶生産技術プロセス開発等に従事していた。
  深谷工場では、平成12年4月にパソコンの液晶ディスプレイ製造ラインを立ち上げるプロジェクト「液晶生産M2ライン立ち上げプロジェクトが発足した。このプロジェクトは、事前プロジェクトと立ち上げプロジェクトに分けられ、平成12年9月からが立ち上げプロジェクトとなっていた。
  被災る同社は、平成12年4月から6月までは他の業務と平行して事前準備の業務に携わり、平成12年6月から多数の工程のうちの一つドライ工程を担当することになり、サブリーダーとなった。平成12年9月からドライ工程のリーダーとなった。平成12年12月から装置が搬入され、スケジュールに余裕がないこと、装置の不具合が発生したこと等から時間外労働が増加してきた。そして、不眠・焦燥感・不安感・抑うつ気分が出現し、平成13年4月11日に「抑うつ状態」と診断された。

2)精神障害の発病の有無及び疾患名の特定
  被災労働者の申述によれば、「平成12年7月頃、肩こり、頭痛、吐気、不眠が出てきた。平成12年11月以降、身体がつらい状況で、朝起きるのがつらいし、疲れていることが強く感じられた。平成13年3月は身体は、ボロボロだった。平成13年4月は本当につらいと思った。平成13年5月22日の翌日、頭痛がひどくなり会社を休んだ。同年5月23日午後3〜4時頃にあまりにもひどい頭痛が発生し、休暇を申し入れ、翌日、翌々日と休み、土日を経てその後も1週間も休んだ。その後の休み明けでは、頭痛はやわらいだが、疲労感が一杯で会社にいることがつらい状態だった。平成13年7月からは会社に行く事自体が大変で、身体が動いてくれない状態で精神的にも身体的にもつらかった。この頃は食事を取らないことが多く、痩せてしまうことがあった。平成13年8月、7月末からの休み明けに会社に行ったら、理由もわからず涙が止まらなくなり、会社にいることがいやでいやでたまらなくなった。頭痛はなかったが、精神的なものなのか、倦怠感がずっとあった。この頃は、食欲不振で体重が減り、めまいもあり、ズキズキする頭痛、やる気が出ず、集中する力もなく、仕事はやりたくない、出来ない状態だった。平成13年9月から休んで日に日に具合が良くなり、10月に職場復帰したが、1週間勤務の金曜日に体調が悪くなり休業した。平成14年5月、半日勤務した。その日の帰りに、このまま出社して大丈夫かどうかすごく不安になり、精神的に不安定な状態になり、もう会社にはいけない、このまま出社すれば、また二の舞になると不安が強くなり、会社に行くことが怖くなった。」とのことである
  H神経科クリニックS医師の意見書には、以下の記載がある。
  傷病名:「抑うつ状態」
  診断根拠:「不安感不眠に加え焦燥感、抑うつ気分を認めたため」
  発病期:H13年4月頃と推定
  治療導入:H13年4月11日より治療を開始して現在まで継続している
  これらのことを ICD-10 疾病類に従って考えると「F32 うつ病エピソード」を発病していたとするのが妥当と考えられる。

3) 発病時期
   上記2)から、平成13年4月頃発病したと判断するのが適当と考えられる。

2 当該精神障害発病前おおむね6か月の間の当該精神障害の発病に関与したと考えられる、業務による出来事の把握及びその出来事に関わる心理的負荷の強度の評価

  監督署の調査によれば、出来事としては以下の通り複数認められる。

  平成12年9月アレイSG組織のドライエッチング工程の3名のリーダーになったことが認められる。
  この出来事を「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下「判断指針」という。)の別表1に例示されている出来事に当てはめると、具体的出来事は「自分の昇格・昇進があった」に該当する。平均的な心理的負荷の程度の強度は「T」である。心理的負荷の程度の強度を修正する視点を検討すると、年齢・経験・職務内容等から特段修正は要しない。この出来事に伴う変化を検討するが、特に検討すべき事項は認められない。
  平成12年12月から2台の機械装置が搬入され、平成13年1月10日の試作品製造開始に向けて業務量が増加したことが認められる。
  この出来事を 「判断指針」 の別表1に例示されている出来事に当てはめると、具体的出来事は「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」に該当する。平均的な心理的負荷の程度の強度は 「U」 である。心理的負荷の程度の強度を修正する視点を検討すると、入社以来、10年余りに渡り液晶生産業務に携わっており、十分な経験があることから困難な業務とはいえないが、労働時間の大きな変化が認められることを勘案して、心理的負荷の程度の強度は 「U」 のままとする。この出来事に伴う変化等を検討すると、試作品製造に向けて平成12年12月には約88時間、平成13年1月には約82時間の法定外労働時間が生じてきたと認められる。その業務内容について検討すると、労働時間は多いものの、会社からの報告によれば、「ラインの立上げの機械設備の搬入から流品開始時において、被災労働者が行なっていたのは、メーカーが行う作業の搬入から据付等を監視して連絡役を行なうなど、他作業においてもメーカーが主に操作あるいは共同で行なうものであり、また、メーカーが出した データーを受けて流品開始に至ることから、メーカーが主体として作業を行なっている状況である。」と なっていることから、仕事の質・責任の変化、仕事の裁量性の欠如等特に評価すべきものは、認められない
 平成13年2月頃から被災者労働者が担当する工程でトラブルが、たびたび発生したことが認められる 。
 この出来事を「判断指針」の別表1に例示されている出来事に当てはめると具体的出来事は「ノルマが達成できなかった」に類推適用する。平均的な心理負荷の程度の強度は「U」である。その内容について、被災労働者の上司Fは、「重光さんの担当工程について、特に大きなトラブルはなかった」等述べている。また、被災労働者と同一工程で作業していた同僚Tは、「平成13年2月から3月にかけて、トラブルは散発的に発生した。原因を調べて対策を行なっていたが、処理しきれない状況ではなかった。解消について、上司からの督促はない。自分が担当していた工程は、他の工程よりもトラブルは少なかった。」 等述べていることから、これらのトラブルは、特段、困難性は認められない。また、同僚、上司の証言からペナルティが課されていたとは認められないことから、心理的負荷の程度の強度は「T」に修正する。しかしながら、出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働が認められるので、心理的負荷の程度の強度は「T」から「U」に再修正する。出来事に伴う変化等を検討すると、担当していた工程に散発的にトラブルが発生し、原因を調べてその対処のために2月には約72時間、3月には約92時間、4月には約67時間の法定外労働時間が認められるが、平成12年12月および平成13年1月と比較して特に増加したとは認められない。仕事の質・責任の変化等で特段評価すべきものは認められない。
 さらに、特別な出来事としての極度の長時間労働に該当するかどうかを検討すると、被災者は、「帰りが遅くなるときは、午後6時45分からの休憩で会社内の食堂や外食で夕食をとっていた。」と述べていること。また、「通勤は、社バスで10分、自転車で15分、徒歩で30分、あるいはタクシー利用」と述べていることから、自宅での自由な時間は少ないものの生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働をした日が数週間に渡って連続しているものとは認められない。
 したがって、職場における心理的負荷の程度について、総合的に検討すると、総合評価は「強」には至らないと判断する。

3 当該精神障害発祥前おおむね6か月の間の当該精神障害の発病に関与したと考えられる、業務以外の出来事の把握及びその出来事に係る心理的負荷の強度の評価

 監督署の調査結果からは、特記すべきものは認められない。

4 精神障害の既往歴等の個体側要因の評価

 監督署の調査結果からは、精神障害等の既往歴はないが、平成12年6月に東芝深谷工場診療所で「不眠症」、平成12年7月・8月に山本医院で「慢性頭痛(筋収縮性頭痛)」、平成12年12月に北深神経科クリニックで「神経症」の治療歴が認められる。

5 業務と発病との相当因果関係についての総合意見

 被災労働者の精神障害発病に係る業務による心理的負荷は、前記2のとおり「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」別表1によって総合評価は「強」には至らないと考えられる。
 以上のことから、当該疾病は、労働基準法施行規則別表1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当しないと判断される。


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