東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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行政訴訟(労災不支給取消し訴訟)

平成19年(行ウ)第456号 療養保障給付不支給処分取消等請求事件

O医師意見書


                   医学意見書

                                    平成20年6月12日
                                (株)M 診療所
                                  診察所長・産業医 O

 私は平成20年5月9日に埼玉労働局長より、原告 重光由美、被告 国(熊谷労働基準監督署長)に係る療養補償給付不支給処分取消請求事件(東京地方裁判所・平成19年(行ウ)第456号)について医学専門家の立場から意見を述べるよう求められたので、その結果を文書を以って答弁する。
 意見をまとめるに際しては、埼玉労働局から提示された下記資料を閲覧した上で検討を行い、努めて公平な立場で本書を作成したものである。
 資料
(1) 精神障害等の業務起因性判断のための調査票様式1〜様式4(写し9
(2) 埼玉労働局地方労災医員協議会 意見書(写し)
(3) 天笠崇医師の平成17年5月20日付け「重光由美氏に関する精神科医師意見書」(写し)
(4) 重光由美の聴取書(平成16年12月8日及び平成17年1月11日付け)(写し)
(5) 重光由美の聴取書(平成16年12月13日及び平成17年1月11日付け)(写し)
(6) 重光由美の聴取書(平成16年12月20日及び平成17年1月11日付け)(写し)
(7) 重光由美の聴取書(平成17年7月8日及び平成17年7月20日付け)(写し)
(8) Hクリニック S医師の意見書(平成16年10月4日付け)及び診療録(写し)
(9) S医院 S医師の意見書(平成17年1月24日付け)及び診療録(写し)
(10)(株)東芝 深谷工場診療所 H医師の意見書(平成17年2月15日付け)及び診療録(写し)
(11)T医院 T医師の意見書(平成17年1月24日付け)及び診療録(写し)
(12)K病院 S医師の意見書(平成17年1月21日付け)(写し)
(13)Hクリニック S医師の意見書(平成17年7月25日付け)(写し)
(14)訴状(写し)
(15)答弁書(写し)
(16)被告準備書面(1)(写し)
(17)被告準備書面(2)(写し)
(18)被告準備書面(3)(写し)
(19)原告第1準備書面(写し)
(20)原告第2準備書面(写し)
(21)天笠崇医師の平成19年8月24日付「重光由美氏に関する精神科医師補充意見書」(写し)
(22)精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告
(23)心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について
(24)再審査請求に係る裁決書(写し)
(25)平成16年(ワ)第24332号 解雇無効確認等請求事件 判決文(写し)


1 精神障害の発病の有無、発病時期及び疾患名の特定
1) 精神障害の発病の有無及び疾患名の特定
 重光由美の聴取書(6)によれば、平成12年11月以降は体がつらい状態で、朝起きるのがつらいし、疲れていることが強く感じられ、東芝健康電話相談に話して、受診を指示されて、12月にHクリニック受診、定期的な通院の指示は無く病名も告げられなかったが、頭痛、肩こり、疲労感は続いていた。
 平成13年2月から3月にかけてトラブルが発生したときも同じ状況で、ふらふらと疲れているなあと感じていた。4月に入って少しほっとしたときがあったので、Hクリニックに受診したが、この時は本当につらいなあと思って受診した。
 埼玉労働局地方労災医院協議会の意見書によると、HクリニックS医師の意見書(傷病名:「抑うつ状態」、診断根拠:「不安感不眠に加え焦燥感、抑うつ気分を認めたため」、発病期:H13年4月頃と推定、治療導入:H13年4月11日より治療を開始し現在まで継続している。)をも参照してICD・10疾病分類「F32 うつ病エピソード」を発病していたとするのが妥当と考えられる。としているが、異論は無い。
2) 発病時期
 上記1)から平成13年4月頃発病したと推定あるいは判断するのが適当としたS医師及び埼玉労働局労災医員協議会の意見書に同意する。
 天笠医師は4月の時点では、適応障害を発病していたとしているが、ICD10によるとF43.2適応障害とは、主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能とその達成を妨げるものであり、著しい生活の変化に対してあるいはストレスに満ちた生活上の出来事に対して順応使用とする時期に発生する。ストレス因は、個人の人間関係を損なったり(死別、分離体験)、または社会的援助や価値のより広汎な体系を犯したり(移住、亡命)、あるいは、発達史上の主要な変化または危機(進学、親となること、望みを抱いていた個人的な目標到達が挫折すること、引退)であったりする。この時期の重光由美氏のストレスは、上記ストレス因には該当せず、より軽度のものであったと考えられる。したがってこの時点で重光由美氏が適応障害を発症していたとは認められない。

2 業務起因性について
「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下「判断指針」という。)に基づいて判断を行う。
 1)業務上の出来事に関わる心理的負荷の評価について
 「判断指針」に従い、当該精神障害発症前おおむね6か月の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められるかについて評価するが、この間以下の通り複数の出来事があった。
 「平成12年9月アレイSG組織のドライエッチング工程の3名のリーダーになった」について、「自分の昇格・昇進があった」に該当し、心理的負荷の強度は「T」であるが、年齢・経験・職務内容・責任の程度などから業務が過重であったとは認められず、また本人も当然のことと受け止めていたことから、強度の修正は必要としない。この出来事に伴う変化等についても特に検討すべき事項は認められない。
 「平成12年12月から2台の機械装置が搬入され、平成13年10月の試作品製造開始に向けて、業務量が増加した」については、「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」に該当し、心理的負荷の強度は「U」である。仕事内容については十分な経験があり、困難な業務とはいえないが、労働時間の増大が認められることから、強度の修正は相殺され、心理的負荷の強度は「U」のままとする。この出来事に伴う変化等を検討すると、@仕事の量の変化として、所定労働時間が平成12年12月には88時間、平成13年1月には82時間生じていた。A仕事の質・責任の変化、B裁量性の欠如、に関しては特記すべき点は認められない。
 「平成13年2月頃から担当する工程でトラブルが、たびたび発生した」については、「ノルマが達成できなかった」を類推適用すると、心理的負荷の強度は「U」であるが、上司や同僚の証言から、これらのトラブルは対処に困難は無く、ペナルティは課されていなかったことから、心理的負荷の強度は「T」に修正するのが相当であるが、この出来事の発生以前から長時間労働が継続していたことを考慮して、心理的負荷の強度は「U」のままとする。
 2)業務外の出来事に関わる心理的負荷の評価について
 監督署の調査結果からは、特記すべきものは認められない。
 3)個体側要因の評価について
 監督署の調査結果からは、精神障害等の既往歴はないが、平成12年6月に東芝深谷工場診察所で「不眠症」、平成12年7月・8月に山本医院で慢性頭痛(筋収縮性頭痛)、平成12年12月にHクリニックで「神経症」の治療歴が認められる。
 4)業務起因性に関する総合判断
 原告の精神障害発病に係る業務による心理的負荷は、前記1)のとおり「判断指針」表1の総合評価は「強」に至らない。


3 天笠崇医師の「重光由美氏に関する精神科医師意見書」(平成17年5月20日付)(平成19年8月24日付)に対する所見
 1) 平成13年4月11日時点で「大うつ病エピソードを発病していなかった」とする意見に対して。
 M.I.N.I.を用いた構造化面接を行った結果を表4に示しているが、A1のどちらかといえば「いいえ」を否定と見たために、A3の「はい」5個を無視する結果となってしまった。構造化面接を厳密に行った結果としては当然の結論と言えなくはないが、4年前に遡っての記憶は曖昧であって、先のA1がどちらかといえば「はい」だったとすれば「大うつ病エピソード」に該当することになるので、きわめてきわどい判断だったと言わざるを得ない。
 天笠医師はDSM−W−TRの大うつ病(ICD−10の中等度うつ病エピソードにほぼ相当)の判断基準を用いているが、埼玉労働局地方労災委員協議会はICD・10疾病分類に従って「F32 うつ病エピソード」としている。「F32.0 軽症うつ病エピソード」では、表4などの症状のうち、普通2,3のものが存在する。患者はそれを苦痛に感じてはいるが、通常の活動は継続できる。とされており、埼玉労働局地方労災医員協議会の平成13年4月頃「F32 うつ病エピソード」発症の意見には、「F32.0」が含まれていたと考えられる。
 2) 会社及び産業医の取るべき対応について。に対して。
 「過重労働による健康障害防止のための総合対策平成18年3月18日 基発第0317008号 別添として「過重労働による健康障害を防止するため事業者が講ずべき措置」が公示される5年以上前のことである。事業場としては、かなり早く時間外超過者検診を取り入れたというべきである。
 平成13年の数回にわたる検診に際して、本人が産業医に対して神経科クリニック受診中であることを告げていれば、産業医の対応も変わっていたであろう。

4 新しいタイプのうつ病と重光由美氏の病態
 樽味は、近年、几帳面、仕事熱心、過剰に規範的で他者配慮的であるとされる「メランコリー親和型うつ病」(表1)とは明らかに異なるタイプのうつ病が増えてきた。つまり、うつ病の症状を呈しているが、規範に閉じ込められることを嫌い、仕事熱心さも見られず、やる気の無さを訴える若年層に多いうつ病であり、これを「ディスチミア親和型うつ病」(表1)と呼んだ。また芦原は、職場不適応を論じるにあたり、メランコリー(自責的)かディスチミア(他責的)かによってうつ病の病態や対処法が異なる印象を抱いていることから「外罰型うつ病」「内罰型うつ病」に分類することを試みている(表2)。患者が何を、誰を責めているかと言う点に着目したほうが、プライマリケア医を含めた一般の臨床医や産業医に理解しやすいと考えたからだと言う。外罰型うつ病は自己愛が強く、責任を他に転嫁し、内省の乏しいタイプと考えられ、おおむね樽味のディスチミア親和型うつ病と一致する印象であるとしている。
 それより早く、松浪らは、1991年「現代型うつ病」を発表している。それらを引用して、松浪らは精神療法 特集 うつ病態の精神療法 の中で「現代型うつ病」の特徴を次のように記している。@比較的若年者 A組織への一体化を拒絶しているために、罪悪感の表明が少ない。むしろ当惑ないし困惑 B早期に受診→不全型発病 C症状が出揃わない、身体症状と静止が主景〜選択的制止 D自己中心的(に見える);対他配慮性が少ない E趣味を持つ;cf)逃避型 F職場恐怖症的心理+当惑感 Gインクルデンツを回避;几帳面、律儀ではない Hレマネンツ恐怖;締め切りに弱い
 重光由美氏の状態は、「現代型うつ病」の@からHのほとんどに当てはまるが、その中のいくつかを具体的に示す。
「B早期に受診」、平成12年12月頃「こころのほっとステーション」へ電話相談をし、そこでの指示の結果と思われるが、12月13日にHクリニックを受診している。当日のカルテには「頭痛とか不眠が続いている。寝つきが悪く朝も早く目がさめる。仕事の途中で車酔いしたような感じが出たりする。」と簡単な記載があるだけで、本人が受診動機について、こころの電話相談によって受診したとか、仕事のストレスについて訴えた様子は伺えない。投薬内容も、デパス0.5mg1錠を眠前に14日分の処方である。デパスの用量は、「神経症・うつ病:1日3mg、3回分服」となっているので、主治医はおそらく非常に軽症ととられていたと思われる。
「C症状が出揃わない」。ことが、平成13年4月の医師たちの診断の不一致を作ったのではないだろうか。
「E趣味を持つ。」趣味は、スキー、エアロビックス、テニス、パラグライダー、ウィンドサーフィンと多彩で、休んでいる最中でも、日曜日にはエアロビックスに行っていた。
「Gインクルデンツを回避;几帳面、律儀ではない」、自分の性格は大ざっぱだと見ていて、友人からはどちらかと言えばずぼらと言われているという。
「Hレマネンツ恐怖;締め切りに弱い」、発病前後の重光氏の業務に対する受け止め方は、まさにこのような感じではなかったか。
 一方、メランコリー親和型うつ病は自責的であることが特徴の一つとされるが、重光氏にはそのようなところは見受けられない。むしろディスチミア親和型うつ病あるいは外罰型うつ病の特徴である他責的な面が色濃く見受けられる。これらのうつ病の他の特徴として、抗うつ薬の効果は部分的にとどまり、休養の効果も期待できずしばしば慢性化し、外罰型うつ病では休養により慢性的には悪化すると言う。
 以上重光由美氏の病態は、新しいタイプのうつ病であったと思われ、平成13年4月頃の発症とするのが妥当と考えられる。



表1 ディスチミア親和型うつ病とメランコリー親和型うつ病の比較

ディスチミア親和型うつ病 メランコリー親和型うつ病
年齢層
関連する気質
病前性格






症候学的特長



薬物への反応

認知と行動特性

予後と環境変化

青年層
スチューデント・アパシー
退去傾向と無気力
自己自身(役割抜き)への愛着
規範に対して「ストレス」であると抵抗する 
秩序への否定的感情と漠然とした万能感
もともと仕事熱心でない
不完全と倦怠
回避と他罰型感情(他人への非難)
衝動的な自傷、一方で軽やかな自殺企図
多くは部分的効果にとどまる(病み終えない)
どこまでが「生き方」で、どこからが「症状経過」か不分明
休養と服薬のみでしばしば慢性化する
置かれた場・環境の変化で急速に改善することがある
中高年層
粘着気質
メランコリー性格
社会的役割・規範への愛着
規範に対して好意的で同一化

秩序を愛し、配慮的で几帳面

基本的に仕事熱心
焦燥と抑制
疲弊と罪業感(申し訳なさの表明)
完遂しかねない熟慮した自殺企図
多くは良好(病み終える)

疾病による行動変化が明らか

休養と服薬で全般に軽快しやすい

場・環境の変化は両価的である
(時に自責的となる)

                                        文献2)より






表2 内罰型うつ病、外罰型うつ病、職場不適応の比較

内罰型うつ病  外罰型うつ病 職場不適応
年齢層
責任の方向
意欲の減退
不眠
抗うつ薬の効果
休養の効果
環境の変化の効果
中高年
自責
全般的に顕著
熟眠困難
効果大
効果大
悪化
若年
他責
あり
入眠困難〜熟眠困難
効果は部分的
効果は慢性的に悪化
効果あることが多い
若年>中高年
他責>自責
部分的・選択的
入眠困難
効果小
効果あり
効果あり

                                        文献3)より



文献
1)中根允文・岡崎祐士:ICD10「精神・行動の障害」マニュアル,医学書院,1994
2)樽味 伸:臨床精神医学32、2005
3)芦原 睦:日本医事新報No.4378,2008
4)松浪克文・山下善弘:社会精神医学14、1991
5)松浪克文・上瀬大樹:精神療法32−3,2006



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