東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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行政訴訟(労災不支給取消し訴訟)

平成19年(行ウ)第456号 療養保障給付不支給処分取消等請求事件

被告 N医師意見書


                    「意見書」

 平成20年7月14日付け埼労発基第720号における埼玉労働局長の依頼に基づく意見を下記の通り述べる。

                                      平成20年8月18日
                            O大学大学院臨床心理学専攻教授
                                              N 

1 60時間を越える時間外労働が精神疾患発祥の原因となりうることはない

(1)原告は、原告第2準備書面第11の2(96頁)で「長時間労働とストレス強度の研究において、「全体では平均残業時間が60時間以上は残業時間なし、10時間未満に比べて大きな有意差を認めた」と結論付けており(甲131:112頁)、60時間を越える時間外労働時間で精神疾患の原因となりうるストレッサーであることを示している(甲163:11頁)。」と主張している。

 私が執筆し、裁判で提出された「60時間以上の残業とストレス度の関係」の論文は、大阪府立心の健康総合センターストレスドックの受験者を対象にした調査にもとづくものである。下記表の1と2にしめしたようにストレスドック開設後3年間の受験者は1,577名で勤労者は1,223名(男性682名)である。
 表に示したように過剰ストレス状態(ドックの検査と精神科及び臨床心理士の面接を経て判定会議で総合的に判定、診断は精神科医による)者が69.7%、7割と大多数を占めている。しかもストレス関連疾患者も589名(48.2%)(論文:ストレスドッグの現状と展望 Nほか、日本災害医学学会誌 第47巻 第4号 240-248、1999)と半数を占めている。企業における従業員では、これほど多くの過剰ストレス状態者やストレス関連疾患者は認められない。その結果を企業における働く人に一般化したり、適用できるかである。
 すなわち、本論文の結果は関西にある、あるストレスドック受験者の結果であるから、通常の健常集団の個人に無条件に当てはめたり、一般化するのは妥当性が低いと判断できる。

表1 ストレスドックにおけるストレスの自覚とストレス度 受検者1,223名を対象

 ストレスへの自覚   小計    過剰なストレス状態 疑われる 認めない
ストレスが過剰 553 500(90.4%) 50(9%) 3(0.6%)
ある 564 326(57.8%) 185(32.8%) 53(9.4%)
認めない 106 26(24.5%) 46(43.4%) 34(32.1%)
1223 852(69.7%) 281(23.0%) 90(7.3%)



表2 ストレスドックにおけるストレス関連疾患の早期発見

 ストレス関連疾患   対象者数   早期発見した人数  早期発見率 %
身体表現性障害 217 157 72
適応障害 168 92 55
不安障害 126 55 44
その他 78 63 80
589 367 62


(2)本論文は長時間労働が受検者の持っているストレッサー(作用因子)に与える影響、すなわちストレス度を強めたり、A型行動パターンの程度を強めるなどを検討したものである。だからストレス強度の有意差が、精神疾患の原因であることを意味しないのは当然のことである。すなわち「ストレス−脆弱性」理論が判断指針の根拠であり、ストレスのみで精神疾患を発症するものではない。

(3)60時間を越える時間外労働時間が、「精神疾患の原因となりうるストレッサーであることを示している」という主張であるが、時間外労働自体がストレッサーになるかどうかは検討はしていないので、原因であるかどうかは言えない。
 また、筆者の約38年の精神科医、約30年における産業医の経験からも、60時間を越える時間外労働自体が精神疾患の原因になることは無い(極度の長時間労働が長時間続く場合を除いて)と判断できる。すなわち長時間にわたる時間外労働は病気の下人と言うのではなく、促進因子と考えている。

(4)以上の(1)-(3)の結果から60時間を越える時間外労働時間が、「精神疾患の原因となりうるストレッサーであることを示している」ということが、業務起因性の根拠とはなり得ないと判断した。


2 原告の労働がうつ病発症の原因となっているとは言えない

(1)原告は、「平成12年12月から平成13年4月まで、いずれの月も時間外労働が100時間を超過している」(原告第2準備書面47頁)として「実態として1か月の時間外労働が100時間を越えることが多かった。したがって、原告の業務の過重性は明らかであり、この長時間残業自体で業務起因性が認められる」(原告第2準備書面第11の2の(1)95頁)と主張している。
 しかしながら、
@そもそも判断指針における「極度の長時間労働」とは、「例えば数週間にわたり生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働により、心身の強度の疲弊、消耗を来たし、それ自体がうつ病等の発症原因となる恐れのあるもの」である(乙第2号証「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」7ページ)
 そして、原告の時間外労働時間については、被告準備書面(1)の第3で述べたとおりであり、本件疾病発症前の6ヶ月間における時間外労働時間は、
 平成13年 3月 92時間12分
    同年 2月 71時間51分
    同年 1月 82時間13分
 平成12年12月 88時間20分
    同年11月 28時間36分
    同年10月 時間外労働時間なし
 である。

A 原告について、特別な出来事としての「極度の長時間労働」に該当するかどうかをみるに、原告自身が述べているとおり、帰宅時間が遅くなるときは午後6時45分からの休憩時間中に、外食や会社内の食堂で夕食をとっていたこと(乙第37号証(重光由美の聴取書平成17年7月8日及び平成17年7月20日付け」1項)、通勤は社バスで10分、自転車で15分、徒歩で30分くらいで、時折タクシーを利用していたこと(乙第36号証重光由美の聴取書「平成16年12月20日及び平成17年1月11日付け」18頁などからすると、自宅での自由な時間は少ないものの生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働をした日が数週間にわたって連続したものとは認められない(乙第16号証「埼玉労働局地方労災医員協議会意見書」)。
 したがって、原告の労働時間が特別な出来事としての「極度の長時間労働」に該当するとはいえないというべきである。

(2)原告は、「60時間を越える時間外労働時間で精神疾患の原因となりうるストレッサーであることを示している」ことを理由に、労基署の主張(認定している時間外労働時間数)を仮に前提としても、原告の労働がうつ病発症の原因となっていることは明白である(甲163:12頁)と主張している。

 しかしながら、上記の1及び2(1)のとおり原告の主張は根拠がないと判断した。


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