東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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行政訴訟(労災不支給取消し訴訟)

平成19年(行ウ)第456号 療養保障給付不支給処分取消等請求事件

原告 準備書面(1)


平成19年(行ウ)第456号 療養補償給付等不支給処分取消請求事件
原告 重 光 由 美
被告 国(処分庁:熊谷労働基準監督署長)

                   第 1 準 備 書 面

                                     平成20年2月6日
 東京地方裁判所 民事第36部 合議A係 御中

                         原告訴訟代理人
                              弁護士  川  人   博
                              弁護士  山 下  敏 雅
                              弁護士  原   宏  之

                       記

第1 原告主張の骨子
 原告主張は第2準備書面で詳述するが、その骨子は、以下のとおりである。

1 業務上(労災)の主張構成
 原告が本件を業務上災害であると主張する根拠は、以下のとおりである。
 第1に、原告は、平成12年(2000年)11月頃より同13年4月頃にかけて、株式会社東芝(以下、会社という)深谷工場内のM2ライン立ち上げプロジェクト業務のリーダーとして、量質とも過重な業務に従事し、過度の業務上の負荷を受けた結果、同年4月頃に精神疾患の一つである適応障害を発症した。
 第2に、原告は、平成13年5月より6月頃にかけて、リーダーとして反射製品の開発や承認会議の主催等様々な新たな業務の指示を受け、これらに従事した結果、前記症状を増悪させ、6月頃にうつ病を発症し、ついには完全な療養生活を余儀なくされるに至った。
 以上より、原告は、業務により精神疾患を発症し増悪させたのであり、業務上の疾病により現在も療養・休職している。
 すなわち、原告の疾病は労災である。

2 原告の業務の量的過重性(長時間労働)
(1) 原告の従事した業務が長時間労働であり、この結果、原告に過度の業務上の負荷をもたらした。
 第1に、平成12月12月から同13年4月にかけて、会社の認める範囲でも、下記の長時間にわたる時間外労働があった(乙17)。
 会社の認める時間外労働時間(所定労働時間に対する)
      平成12年12月  98時間45分
      平成13年 1月  79時間45分
              2月  79時間45分
              3月  94時間30分
              4月  80時間00分
 この数字だけでも、5か月にわたり約80時間から約100時間の時間外労働が継続したことになり、原告の労働の過重性は明白である。

(2) 第2に、熊谷労働基準監督署(以下熊谷労基署という)および埼玉労働者災害補償保険審査官(以下審査官という)は、所定労働時間(7時間45分)に対する時間外労働時間数ではなく、法定労働時間(8時間)に対する超過分を時間外労働時間数として過重性判断に用いているが、他方で、甲14のパソコンデータの一部等を考慮し、少なくとも以下の時間外労働があったと認定している(甲1:11頁など)。
 熊谷労基署と審査官の認定する時間外労働時間(法定労働時間に対する)
      平成12年12月  88時間20分
      平成13年 1月  82時間13分
              2月  71時間51分
              3月  92時間12分
              4月  67時間28分
 この数字によっても、5か月にわたり約70時間から約90時間の時間外労働が継続したことになり、原告の労働の過重性は明白である。
 本件訴訟での被告準備書面(1)14頁も、上記と同様の主張(但し4月分は触れていない)であり、この主張の数字でも原告の業務の過重性は明白であるが、実際には、後記のとおりより多い時間外労働時間であった。

(3) 第3に、実際の原告の時間外労働時間(所定労働時間に対する)は、パソコンデータ等の各証拠にもとづき、少なくとも以下のとおりである。
 原告主張の時間外労働時間(所定労働時間に対する)
      平成12年12月 133時間22分
      平成13年 1月 120時間50分
              2月 108時間17分
              3月 147時間00分
              4月 114時間02分
 このような時間外労働が5か月にわたり継続したことになり、原告の労働の過重性は明白である。
(原告の労働時間に関しては、原告第2準備書面22頁以下に詳述)。

3 原告の業務の質的過重性(労働時間以外の要素)
(1) 原告の平成12年12月から同13年4月にかけての業務は、長時間労働以外にも、つぎのように過重なものであった。
 第1に、原告は、M2ラインプロジェクト中、「アレイ工程」の中の「ドライエッチング工程」のリーダーを務めた。このリーダーの業務は、リーダー会議や歩留対策会議への出席と担当工程の進捗管理を行うなどの負荷が加わる。 リーダー業務の過重性に関しては、原告の同僚・Yが「大変で、苦痛でした」(乙31:4頁)と述べ、Sが「現場作業外の業務が加わり大変」(乙47:7頁)と述べるなど、多数の同僚証言があり、証拠上明らかである。
 被告準備書面(1)16頁は、原告がリーダーになったことの心理的負荷を強度「T」の負荷としている。これは、著しい過少評価であり、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下判断指針という)を恣意的に適用したものとして、失当である。
(リーダー業務の過重性に関しては、原告第2準備書面14頁以下に詳述)

(2) 第2に、M2ラインプロジェクトは、@ポリシリコン液晶の製造を効率化するために基板サイズがこれまでで最大であり,かつ、A初めから量産ラインとして立ち上げるために立ち上げ期間が非常に短い「垂直立ち上げ」であった。 このため、同プロジェクトは、新規性・困難性とも非常に高いものであり、これに従事した原告は、業務の質面から見ても過重な労働となった。
 この新規性・困難性に関しては、原告の同僚・Kが「M2ライン立上げの計画も非常にタイトで、各工程に負担がかかっていました」(乙32:2頁)と述べ、Yも「M2ライン立上げのスケジュールが逼迫していた」(乙31:2頁)述べ、Sも「きびしいと思った」(乙47:5頁)と述べ、Hも「日程はきついと感じた」(乙48:5頁)と述べ、原告の上司のF課長(以下F課長という)もM2ライン立ち上げ期間がM1のときの約半分の期間であった旨(甲98)説明しており、これら多数の証言などから証拠上明らかである。
 被告準備書面(1)17頁は、平成12年12月から同13年1月に向けて業務量が増加したことを認め、「仕事内容・仕事量の大きな変化」があったと評価しているものの、これに関する心理的負荷を強度「U」としている。この被告主張は、M2ラインプロジェクトの実態を的確に把握しておらず、業務上の負荷を過少評価し、判断指針を恣意的に適用したものとして、失当である。(M2ラインプロジェクトに関しては、原告第2準備書面14頁以下に詳述)
(3) 第3に、平成13年1月以降、原告のドライエッチング工程でトラブルが多発し、原告はその対応に追われ、立ち上げは予定より大幅に遅れることとなった。そして、この過程で、原告の上司らが原告に対して、スケジュールの前倒しを指示したり、激しく叱責するなどの圧力を加えたのであり、原告にとって業務による負荷がより一層過重なものとなった。
 このトラブルの多発とスケジュールの遅れ等に関しては、原告の同僚・Kが「量産開始が予定よりも遅れている」(乙32:2頁)と述べ、Tが「遅れていたのは突発的なトラブルで時間がさかれたものである」(乙43:6頁)と述べ、F課長も「5カ月遅れてしまったのは事実です」(乙40:3頁)と認めており、かつ業務書類も存在し、証拠上明らかである。
 被告準備書面(1)19頁は、「平成13年2月頃から担当する工程でトラブルが、たびたび発生していた」ことを認めているが、心理的負荷の程度を「U」から「T」に修正したうえで、再修正して「U」の強度であるとしている。かかる被告主張は、トラブルの多発やスケジュールの遅れ等による負荷を過少に評価し、かつ、判断指針を恣意的に適用したものであり、失当である。
(トラブルの多発等に関しては、原告第2準備書面51頁以下に詳述)

4 平成13年5月以降の業務の過重性
 平成13年5月以降、原告は、従来の業務に加えて、様々な業務を担当することとなった。
 すなわち、M2ラインプロジェクトのスケジュールが遅れ、かつ担当者の一人が別の部署に異動となり、原告の業務上の負担が増した。
 加えて、5月中旬になって、F課長が原告に対して、反射製品の開発業務リーダーをも担当するように指示した。この業務は、原告がこれまで携わった経験のない業務であったが、業務命令により従事せざるを得なかった。
 さらに、F課長は原告に対して、反射製品について5月31日に開催される「P−DAT(プロセス開発承認会議、以下単に承認会議という)」の主催を指示した。承認会議は、製品の出荷に向け、安全性、コスト等あらゆる視点から開発過程を検討し、会社からの承認を得るための会議で、通常2〜3か月の準備期間を要するものだった。
 これらの多忙な業務の中で、5月中旬頃に、さらにF課長は原告に対し、パッド腐食の対策業務をも指示した。
 これらの業務に関する原告の負荷の過重性に関しては、「それまで反射製品も携わっていないうえに承認会議も担当したことのない重光さんは大変だったのではないかと思います」(Y:乙31:5頁)、「自分は経験ありませんが、相当大変だと思います」(T:乙43:3頁)などの同僚の証言もあり、証拠上明らかである。
 被告側は、平成13年5月以降の業務の過重性を無視をしているが、失当である。
(5月以降の業務に関しては、第2準備書面64頁以下に詳述)

5 精神疾患発症と増悪
  以上のような過重労働の結果、その精神的肉体的な負荷によって、原告は、
平成13年4月に適応障害を発症し、その後症状が増悪して6月にはうつ病を発症した。
 他方、埼玉地方労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会(以下、精神障害専門部会という)は、原告のうつ病発症時期は平成13年4月という考え方に立っている。
 本訴訟での被告準備書面(1)16頁でも、同様の主張を行っている。
 原告側は、同部会よりも厳密に医学的分析をして同年4月段階では適応障害、6月段階でうつ病発症と診断するのが相当であると主張しているが、4月に原告が何らかの精神疾患を発症したことには争いがない。
 また、4月から6月にかけて症状が悪化していることは、各証拠から明らかである。
 (精神疾患発症・増悪に関しては、第2準備書面82頁以下に詳述)

6 業務外の理由及び既往症の不存在
 原告には、精神疾患発症の業務外の理由は存在しない。
 このことは、被告も争いがない(被告準備書面(1)21頁3行目)。
 また、原告に精神障害等の既往症が認められないことも争いがない(同書面21頁6行目)。
 原告がまじめで明るい性格であることは、被告も認めているところである(同書面21頁下から8〜9行目)。原告に性格上の偏りがないことも争いがない。
 (業務外の理由等に関しては、第2準備書面104頁以下に詳述)

7 業務起因性は明白
 以上より、原告が平成12年12月頃から同13年4月頃にかけての過重業務により精神疾患を発症し、同年5月から6月にかけての過重な業務により増悪したことは明白である。
 よって、原告の疾病は、発症、増悪とも業務に起因するものである。

第2 判断指針と本件業務上外判断

1 精神疾患の業務上外判断のあり方

(1) 総合的判断、具体的状況と業務上外判断
  本件の業務上外判断にあたって、被告側は、判断指針のみを基準にして主張を展開しているが、失当である。
 判例は、判断指針はあくまで一つの参考にすぎないとの立場である。
 本件原告側も、判断指針を一つの参考として用いることには異議はないが、業務上外の判断は、原告の労働実態と症状の経過をよく調べ、その具体的状況を前提に、様々な専門的知見を参考にして総合的に判断すべきである。

(2) 総合的判断、具体的状況に関する東京地裁判決
  加古川幼稚園事件平成18年9月4日東京地裁判決(民事36部)は、保育士の業務上のストレスを認定し、退職後の自殺に関しても因果関係があるとした。
 同判決は、結論に至る前提の理論的枠組みとして、「ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合」に「当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である」と判示した。被告国側は、同判決に対して控訴をせず確定した。
 また、K病院事件平成19年3月14日東京地裁判決(民事11部)は、小児科医師の宿直労働等の過重性・心理的負荷を評価して、同医師の自殺を業務上と認定したが、「亡Tが置かれた具体的状況を念頭において、社会通念に照らして業務の危険性を判断すると、平成11年2月以降に亡Tが従事した業務は、社会通念上、精神疾患を発症させる危険の高いものであったというべきである」と判示した。この事案も、控訴されずに確定した。

2 本件は、判断指針によっても業務上疾病である

(1) 被告準備書面(1)は、本件を判断指針にあてはめ、業務外疾病と主張しているが、本件は判断指針をそのまま適用しても業務上疾病と判断すべき事案である。
(2) 被告準備書面(1)16頁以下によれば、被告側は、
 @リーダーになった=「昇格・昇進があった」
 A平成12月から業務量が増加した=「仕事内容・業務量の大きな変化があった」
 Bトラブルが、たびたび発生した=「ノルマが達成できなかった」(類推)
と3つの心理的負荷項目を認定しているにもかかわらず、@は、強度T、Aは、強度U、Bは2回修正のうえ強度U、と認定して、結局は、総合評価が「強」とならないとした。
 そして、同24頁で、業務による負荷が「強」でないのに発症したのは、「形に現れない脆弱性」が原因であると主張し、本件発症は「原告のストレスに対する脆弱性」が原因だと結論づけた。
(3) かかる被告主張は、判断指針を極めて恣意的に適用し、かつ論理的にも破綻しているものと言わざるを得ない。
 第1に、本書面前記第1の3で述べたとおり、上記@ないしBの心理的負荷項目について、それぞれ具体的証言、証拠にもとづいて、負荷の過重性の強さが証明されている。したがって、いずれの心理的負荷項目も、判断指針の強度修正の視点にそって、心理的負荷の強度を強い方向に修正して、すべて「V」にするのが、判断指針の趣旨にも合致する。
 第2に、本書面前記第1の3で述べた5か月にわたる長時間労働により、上記@ないしBの心理的負荷項目のすべてを強度修正(強い方向への修正)すべきにもかかわらず、@Aに対しては、修正しなかった。そして、Bに対しては、いったん「U」を「T」に弱い方向に修正してから、その「T」を「U」に修正している(被告準備書面(1)20頁3行目から8行目)。かかる主張は、何が何でも「V」にはしないための詭弁と断ずるほかはない。
 第3に、被告側は、3つの負荷項目が存在するにもかかわらず、なぜ総合評価を「強」としないのかについて説明できていない。1つの項目しか存在しない場合に比べて、3つの項目が存在する場合には負荷が増すのが、社会通念上の常識であり、専門的な統計でも証明されている(甲128:8頁表5)。判例等でも、複数項目が存在する場合には負荷が増す旨を明確に述べて、業務上認定を行っている事案が生まれている(カネライト事件平成18年4月12日福岡地裁判決など)。最近では、労働保険審査会でも、複数項目の存在を業務起因性の根拠にするようになっている(バス運転手事件平成20年1月30日労働保険審査会裁決)。
 第4に、業務による負荷が「強」でないのに発症したのは「形に現れない脆弱性」が原因であるとの被告側主張は、労基署側が業務の過重性を否定→個人が脆弱な人間、という論法であり、個人の脆弱性を立証できなくとも個人の脆弱性を認定してよい、ということを意味する。かかる非論理的、非科学的な主張は、失当である。
(4) 本件は、判断指針のみを適用しても業務上疾病と判断されるべき事案であり、熊谷労基署や審査官は、判断指針を合理的に解釈せずに、恣意的に適用したものであり、極めて不当と言わざるを得ない。
                                               以上


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