東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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裁判・控訴審

平成20年(ネ)第2954号 解雇無効確認等請求事件

平成23年2月23日判決言い渡し
判決文


 目 次
主文
事実及び理由
第1 控訴の主旨 
 1 第1審原告
 2 第1審被告

第2 事件の概要
 1 本件の概要1
 2 本件の概要2
 3 前提となる事実及び争点-原判決からの補正
  ① 前提となる事実(原判決からの補正9
  ② 争点
  (1)本件解雇の有効性
  (2)被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無
  (3)被告が原告に支払うべき賃金及び損害賠償金
  (4)第1審原告が原告が第1審被告の会社規程に基づき賞与相当額及び休業補償金の支払いを求めることの可否及びその数額
  ③ 争点に関する当事者の主張
   争点1 本件解雇の有効性
   (第1審原告の主張)
   (第1審被告の主張)
   争点2 被告の債務不履行責任又は不法行為の有無)
   (第1審原告の主張)
   (第1審被告の主張)
   争点3 被告が原告に支払うべき賃金及び損害賠償金の額)
   (第1審原告の主張)
    ア 賃金請求(基本的主張)
    イ 休業損害(選択的主張)
    ウ 休業損害以外の損害
    エ 過失相殺及び素因原因
    オ 損益相殺
   (第1審被告の主張)
    ア 賃金請求(基本的主張)
    イ 休業損害(選択的主張)
    ウ 休業損害以外の損害
    エ 過失相殺及び素因原因
    オ 損益相殺
   争点4 第1審原告が原告が第1審被告の会社規程に基づき賞与相当額及び休業補償金の支払いを求めることの可否及びその数額
   (第1審原告の主張)
    ア 見舞金
    イ 賞与相当額の支給金
    ウ 休業補償金
   (第1審被告の主張)
    ア 見舞金
    イ 賞与相当額の支給金
    ウ 休業補償金    

第3 当裁判所の判断    
 まとめ
 1 事案の認定 (追加修正の部分を記載)
  (1)原告の健康状況
    イ 性格 
    ウ 病歴・既往歴
    オ 原告の精神疾患の既往歴
  (2)被告における従業員の勤務時間管理の方法等
    ア AQUAシステム
    イ 残業の申請
  (3)原告の平成12年10月から平成13年4月までの業務等(A業務)
    ア M2ライン立ち上げプロジェクトの概要
    イ 原告がM2ライン立ち上げプロジェクトへ参加するようになった経緯等
    ウ M2ライン立ち上げプロジェクト発足後、平成12年12月の経緯
    エ 平成13年1月及び2月の経緯
    オ 平成13年3月及び同年4月の経緯
  (4)原告の平成13年5月ないし同年7月の勤務等の状況
    ア 担当業務の変更
    イ 平成13年5月の経緯
    ウ 平成13年6月の経緯
    エ 平成13年7月の経緯
  (5)平成13年8月以降、原告が休職するに至る経緯
    ア 担当業務の変更等
    イ 長期欠勤
    ウ 平成14年5月の職場復帰に向けた対応
  (6)本件解雇に至る経緯
    ウ 本件解雇
  (7)精神障害についての医学的知見等

 2 争点に対する判断 
  (1)争点1について
    ア 労働基準法19条1項の「業務上の意義」
    イ 原告の疾患と発症時期
    ウ 原告の平成12年11月から平成13年4月までの就労時間    
    エ 原告の平成12年11月から平成13年4月までの就労実態
    オ 原告の個体側要因
    カ まとめ
  (2)争点2について
  (3)争点3について
    ア 原告の賃金請求権(基本的主張)
    イ 原告の請求できる賃金額
    ウ 原告の休業損害(選択的主張)
    (ア)休業損害の基本となる額
    (イ)過失相殺及び素因原因
    エ 休業損害以外の損害
    (エ)慰謝料
    オ 損益相殺
    カ 補足
  (4)争点4について
    ア 見舞金・弔慰金贈与規定に基づく見舞金
    イ 賞与相当額の支給金
    ウ 会社休業補償金

第4 結論

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判決文は、「一審判決文を変更する」、と言う記述が多く、非常に読み難いため、判決文とは別に目次を作成しました。判決文全文は下記に載せています。目次の項目自体が載っていない部分も多いため、読み易くするため、一部青字で項目を書き足しています
 
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平成23年2月23日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 ○○○○○
平成20年(ネ)第2954号 解雇無効確認等請求控訴事件(原審,東京地方裁判所平成16年(ワ)第24332号)
口頭弁論終結日 平成22年11月24日
                   判            決
     東京都港区芝浦一丁目1番1号
              控訴人兼被控訴人    株 式 会 社 東 芝
                               (以下「第1審被告」という。)
              代表者代表執行役   佐 々 木   則   夫
              訴訟代理人弁護士    山   西   克   彦
              同         上    伊   藤   昌   毅
              同         上    峰       隆   之
              同         上    山   畑   茂   之
              同         上    平   野       剛
              同         上    横   手   章   吾
     埼玉県深谷市○○
              被控訴人兼控訴人    重   光   由   美
                               (以下「第1審原告」という。)
              訴訟代理人弁護士    川   人       博
              同         上    山   下   敏   雅
              訴訟復代理人弁護士   小   川   英   郎
              同         上    島   田   浩   樹


                   主           文
1(1) 第1審被告の控訴に基づき,原判決主文弟2項中,第1審被告に対し,平成16年10月から本判決確定の日まで,毎月25日限り月額26万9683円の割合による金負を超えて金具の支払を命じた細分を取り消す。
(2)上記の取消しに係る第1審原告の請求を棄却する。
2(1) 第1審原告の控訴に基づき,第1審原告敗訴部分のうち,次の(2)の請求に係る部分を取り消す。
(2) 第1審被告は,第1審原告に対し,原判決主文第3項の金員のほか,161万3200円及びこれに対する平成16年12月10日から支払い済みまでの年5分の割合による金員を支払え。
3 第1審原告及び第1審被告のその余の控訴をいずれも棄却する。
4 第1審原告が当審で追加した請求中,本判決確定の日の翌日から,毎月25日限り月額47万3831円の割合による金員及びこれに対する各月26日から完済に至るまで年6分の割合による金員の支払を求める部分を却下する。
5 第1審被告は,第1審原告に対し,平成16年10月から本判決確定の日までの毎月25日限り支払うべき月額26万9683円の割合による金員に対する各月26日から完済に至るまで年6分の割合による金員を支払え。
6 第1審被告は,第1審原告に対し,699万1218円及びこれに対する平成16年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え
7 第1審原告が当審において追加したその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その6を第1審原告の負担とし,その余を第1審被告の負担とする。
9 この判決の第2項(2),第5項及び第6項は,仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨(当審において追加された請求を含む。)
 1 第1審原告
(1) 基本的請求
   ア 原判決を次のとおり変更する。
   イ 第1審原告が,第1審被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確落する。
ウ 第1審被告は,第1審原告に対し,平成16年10月から,毎月25日限り月額47万3831円の割合による金員及びこれに対する各月26日から完済に至るまで年6分の割合による金員を支払え。
エ 第1審被告は,第1審原告に対し,3978万2940円及びこれに対する平成16年12月10日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
オ 第1審被告は,第1審原告に対し,913万3000円及びこれに対する平成21年12月26日から完済に至るまで年6分の割合による金員並びに平成22年6月から毎年6月25日及び12月25日限り64万8125円及びこれに対する各支払日の翌日から完済に至るまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 選択的請求(上記(1)ウ及びエ中の賃金請求につき)
ア 第1審被告は,第1審原告に対し,平成16年10月から,毎月25日限り月額47万3831円の割合による金員及びこれに対する各月26日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 第1審被告は,第1審原告に対し,1705万7949円及びこれに対する平成16年12月10日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)予備的請求(上記(2)の選択的請求に係る部分につき)
ア 第1審被告は,第1審原告に対し,平成16年10月から,毎月25日限り月額47万3831円の割合による金員及びこれに対する各月26日から完済に至るまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 第1審被告は,第1審原告に対し,1705万7949円及びこれに対する平成16年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第1審被告
(1)原判決中,第1審被告敗訴部分を取り消す。
(2)上記取消しに係る第1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3)第1審原告が当審において追加した請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要
1 本件の概要1
1 本件は,従業員である第1審原告が,使用者である第1審被告により,平成16年9月9日付けでされた解雇(以下「本件解雇」という。)は,業務上の疾病である鬱病に罹患して休業していた第1審原告に対してされた違法無効なものであるとして,雇用契約に基づき,第1審被告との間で,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,第1審被告に対し,本件解雇後の平成16年10月から判決確定の日までの月額47万3831円の賃金の支払のほか,第1審被告が雇用契約上の安全配慮義務又は労働者の健康を損なわないように注意する義務を怠ったこと(以下「安全配慮義務違反等」という。)から,第1審原告において上記の鬱病に罹患したものであるとして,債務不履行又は不法行為に基づき,慰謝料等合計2224万2373円(弁護士費用169万0991円を含む。)及びこれに対する安全配慮義務違反行為の後で訴状送達の日である平成16年12月10日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 本件の概要2
2 原判決は,第1審原告の請求を,雇用契約上の権利を有する地位の確認,平成16年10月から判決確定の日までの月額47万3831円の賃金の支払並びに債務不履行による慰謝料等835万1382円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。
これを不服とする第1審被告は,敗訴部分につき控訴するとともに,第1審原告が当審で追加した請求について棄却を求めている。
第1審原告も,敗訴部分につき控訴した上,請求を追加し,雇用契約上の地位の確認(前記第1の1(1)イ),雇用契約に基づく平成16年9月分以降の賃金月額47万3831円及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(同ウ),安全配慮義務違反等による任務不履行又は不法行為に基づく損害賠償金1712万4991円(治療費,診断書作成料,交通費,慰謝料,弁護士費用),平成13年9月分から平成16年8月分までの賃金1705万7949円及び第1審被告の会社規程に基づく見舞金560万円並びにこれらに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払(同エ),第1審被告の会社規定に基づく賞与相当額及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(同オ)を求め,また,上記賃金請求(同ウ,エの一部)と選択的にいずれか有利なものとして,安全配慮義務違反等による債務不履行又は不法行為に基づく平成16年9月分以降の千金相当額月額47万3831円及び平成13年9月分から平成16年8月分まで賃金相当額1705万7949円の損害賠償金及びこれらに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払(同(2)ア,イ)を求めるとともに,上記選択的請求に係るいずれの請求も全部認容されない場合について,棄却部分につき予備的に,第1審被告の会社規程に基づく休業補償の一部請求として,平成16年9月分以降の休業補償金月額47万3831円及び平成13年9月分から平成16年8月分まで休業補償金1705万7949円並びにこれらに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(同(3)ア,イ)を求めている。

3 前提となる事実及び争点ー原判決(一審判決)からの補正
3 前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の第2の1ないし3記載のとおりであるから,これを引用する。

①前提となる事実(原判決からの補正)
(原判決の補正)
(1)原判決書4頁10行目の「三一日」を「31日」に改める。
(2)5頁20行目の「勤続」を「勤続の期間」に改める。
(3) 6頁1行目の「医師」の次に「又は会社の指定する医師」を加え,同頁12行目から同頁13行目にかけての「平成12年4月21日付け労働協約了解書(1)」を「労働協約に関する平成12年4月21日付け了解書(1)」に改める。
(4)ア 7頁2行目の「であった。」を次のとおり改める。
「であり,そのうち90万9783円が時間外労働賃金,154万円が賞与であった。そして,この賞与は,平成12年上期,下期のそれぞれについて第1審被告の考課基準4段階(抜群〔分布5%〕,優秀〔20%〕,良好〔65%〕,要努力〔10%〕)中の良好の考課を受けて決定されたものであった。」
イ 同頁3行目の「78の1,」の次に「83の1ないし30,84の1ないし5,」を加え,同頁10行目の「99,」を「,3,99,106,」に改め,同頁12行目の「なった」の次に「(甲78の3)」を,同頁15行目の「(」の後に「甲99,105,」をそれぞれ加え,同頁22行目の「78の1」を「98」に改める。
(5)ア 8頁17行目の「休職を発令されて以降」を「欠勤を開始した後は」に改める。
イ 同頁26行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「ウ 後記(7)イのとおり,第1審原告は,東芝健康保険組合から傷病手当金等を受領していたが,平成14年9月8日以降分の休業補償給付等を受けたことから,同月7日以前分の傷病手当金等を東芝健康保険組合に返戻した。」
(6)ア 9頁5行目の「支払った」の次に,次のとおり加える。
「(なお,このときに第1審原告が罹患した疾病を,以下,「本件鬱病」又は「第1審原告の鬱病」という。)」
イ 同頁9行目の冒頭に「ア」を加え,同頁18行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「イ 第1審原告は,平成19年2月6日,労働保険審査会に対し,再審査請求をしたが,3か月を経過しても裁決がなかったため,同年7月19日,東京地方裁判所に対し,前記給付を支給しない旨の処分の取消しを求める訴えを提起し,平成21年5月18日,前記給付を支給しない旨の処分を取り消す旨の判決がされ,同判決は確定した。
その結果,熊谷労働基準監督署により,療養,休業補償給付及び特別支給金(以下,併せて「休業補償給付等」という。)を支給する旨の決定がされ,第1審原告は,平成14年9月8日以降分の休業補償給付等を受けている。
(甲209の1,218ないし227,229)」
ウ 同頁23行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

②争点
(1)本件解雇の有効性(原告のうつ病は「業務上の疾病か」)
(2)被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無
(3)被告が原告に支払うべき賃金及び損害賠償金

「(4) 第1審原告が第1審被告の会社規程に基づき賞与相当額及び休業補償金の支払を求めることの可否及びその数額」

③争点に関する当事者の主張
争点1 (本件解雇の有効性)
(第一審原告の主張)

(7)ア 10頁2行目の「ア」を「イ」に改め,同頁1行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「ア 疾病等の業務起因性を検討する際の業務上の心身的負荷の強度は,被災労働者等の損害塡補等を目的とする労働基準法(以下「労基法」という。)や労働着災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による労働者災害補償保険制度(以下「労災保険制度」といい,同制度による労働者災害補償保険を「労災保険」という。)の趣旨にかんがみれば,職種,職場における地位や年齢,経験等が類似する者で,業務の軽減措置を受けることなく日常生活を遂行することのできる健康状態にある同種労働者における性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者の中で,その性格傾向が最も脆弱である者を基準として判断されるべきものである。
 なお,平均人基準説に言う平均人を文字通りの平均人と解するとすれば,全労働者の半数が労災保険制度の保護の外に置かれることとなり,労災補償制度の趣旨に悖る結果となる。」
イ 同頁9行目の冒頭から同頁10行目の「したがって,」までを次のとおり改める。
「ウ しかるに,第1審原告には,業務以外に精神疾患発病の原因となる事情は一切ないのであって,第1審原告が同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者であることは明らかである。
エ そうすると,」

(第一審被告の主張)
ウ 同頁16行目の「ア 業務の量」を次のとおり改める。
「ア 労基法や労災保険法による労災保険制度は,業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に傷病等をもたらした場合には,使用者等に過失がなくとも,使用者等に,その危険を負担して損失の填補の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものと解される。この制度趣旨に照らすと,労働者が発病した精神障害について業務起因性が肯定されるためには,その発病と業務との間に相当因果関係が存在することが必要であり,相当因果関係が存在するというためには,当核労働者の担当業務に関連して精神障害を発病させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在することが客親的に認められる必要がある。すなわち,業務と精神障害との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては.まず,当核労働者と同様の職種において通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者を基準として,労働時間,仕事の質及び兼任の程度等が過重であるために当核精神障害が発病し得る程度に強度の心理的負荷が加えられたと認められるかどうかを判断し,これが認められる場合には,次いで,業務以外の心理的負荷や個体側要因の存否を検討し,これらが存在し,しかも業務よりもこれらが発病の原因であると認められる場合でなければ相当因果関係が肯定され,それ以外の場合は相当因果関係が否定されるという具合に,業務自体に一定の危険性があるかどうかが判断されるべきこととなる。また,このように解することにより,現在の精神医学,心理学で広く受け入れられている「ストレス―脆弱性」理論の見地からも,合理的な解決が図られることになる。
イ そして,第1審原告が従事したM2プロジェクト等における業務内容は,プロセス技術者である第1審原告にとって,次のとおり,質的にも量的にも通常の業務の範囲内のものであって,当時の第1審原告の時間外労働や,休日及び休暇の取得の実態並びに睡眠時間の実態からも精神的疾患を発症させるような過重な労働ではなかった。
(ア) 業務の量」
エ 同頁18行目の「当たり」の次に「平均」を,同頁19行目の「よっても」の次に「平均」をそれぞれ加え,同頁25行目の「イ」を「(イ)」に改める。
(8)ア 11頁6行目及び同頁9行目の各「治ゆ」を「寛解」に,同頁8行目の「6年間以上」を「9年間以上」にそれぞれ改め,同頁16行目の「安全配慮義務違反」の次に「等」を加える。

争点2 (被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)
(一審原告の主張)

イ 同頁19行目の「ア 」の次に,次のとおり加える。
「安全配慮義務の前提となる予見可能性の対象は,第1審原告の労働実態であり,第1審被告がこれを認識していれば,鬱病発病の予見可能性があり,安全配慮義務違反が存在することになると解すべきところ,」
(一審被告の主張)

争点3 (被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)
(一審原告の主張)

(9) 12頁21行目の冒頭から14頁19行目の末尾までを次のとおり改め る。
「(第1審原告の主張)
ア 賃金請求(基本的主張)
(ア) 民法536条2項本文の適用による賃金請求
第1審原告は,本件鬱病に罹患し労務を提供することが不能になって
いるが,その原因は,業務上の疾病であるから,第1審被告の第1審原告に対する本件解雇は無効であり,第1審原告は第1審被告の従業員の地位を有している。そして,就労意思を有していた第1審原告が本件鬱病に罹患し労務提供ができなくなったのは,第1審被告の安全配慮義務違反によるものであり,債権者の責めに帰すべき事由に基づくものといえるから,民法536条2項本文が適用されて,第1審原告は,第1審被告に対し,本件解雇以降についても賃金請求権を有している。
なお,同項本文の適用により賃金請求を認めることと労基法及び労災保険法上の「休業補償」との関係については,法は,業務上の疾病等による労務提供不能の場合について,それは企業の営利活動に伴う現象であるから企業活動によって利益を得ている使用者に損害の塡補を行わせ労働者を保護すべきであるとの見地から,労働者の最低生活を保障するため,①使用者に帰責事由がない場合(民法536条2項の適用なし)であっても平均賃金の6割に当たる部分の支払を使用者に義務付けるとともに,②使用者に帰責事由のある場合も含めて平均賃金の6割に当たる部分については使用者の支払を罰則により確保し,さらに③労働者の保護を十全なものとするために労災保険制度による補償も合わせて定めたものである。このような制度目的からして,使用者に帰責事由がある業務上の疾病等による労務提供不能の場合に,労基法及び労災保険法によって民法536条2項の適用が排除されることはない。したがって,労災保険法14条1項は,休業補償給付の要件として,労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けないことを規定しているから,本訴において,第1審原告の賃金請求権が失われていないことが確定し,未払賃金を受領したならば,第1審原告が受領済みの休業補償給付等は,法律上の原因を欠く不当利得であったことが確定するから,第1審原告は,未払賃金を第1審被告から受領した後,速やかに返納する予定である。
(イ) 将来給付を請求する必要性
本件訴訟の事実審口頭弁論終結時以降の期間に係る細分については,将来給付の訴えとなるが,第1審原告の本件鬱病は直ちに治癒が見込まれる状態にはなく,将来も休業損害が継続して発生する蓋然性が高いところ,第1審被告において,その賃金支払義務や損害賠償義務を争っていることから,第1審原告において,判決確定後の期間分についても将来給付を求める必要があり,訴えの利益が存する。
(ウ) 支払われるべき賃金の月額
賃金の額については,民法536条2項本文にいう「反対給付」の範囲には,使用者の責めに帰すべき事由による労務提供不能が生じなければ労働者が得られたであろう時間外労働賃金及び賞与等のすべてが含まれる。交通事故の損害賠償による逸失利益や休業損害の算定でも第1審被告の主張するような限定は行われていないし,このように解することが,別途,損害賠償請求権を認めることによる関係複雑化を防ぎ,公平に適う。
仮に,理論上は時間外労働賃金の全額を認められないとしても,そのことを第1審被告が主張するのは,信義則(クリーンハンドの原則)に反する。少なくとも,本件において,第1審被告の安全配慮義務違反に起因する第1審原告の労務提供不能という状態が生じなかったのであれば,健康被害を生ぜしめる可能性が低いとされている法定外45時間の時間外労働を第1審原告がこなしていたと考えるのが合理的である。
また,給与規則(準則)(乙41の1,2。以下「給与規則」という。)に定められた賞与の受給資格要件である勤務実績が欠けたのは,第1審被告の責めに帰すべき事由による疾病のために労務捷供不能となったことによるものであるから,第1審原告の賞与請求権の発生を否定することは信義則上許されない。そして,賞与についても,第1審原告は従前どおり熱心に職務に励み,賞与の査定も従前と同様に良好なものになったと考えるのが経験則に適う。
したがって,第1審被告が支払うべき第1審原告の(平均)賃金額は,第1審原告が本件鬱病を発病するより前の平成12年の年収額が568万5983円であることを踏まえ,月額47万3831円とすべきである。
(エ) 受給済みの休業補償給付等との関係
第1審原告は,平成13年9月分から平成16年8月分までの賃金に関し,東芝健康保険組合から平成14年9月7日以前分の傷病手当金及び付加金(以下「傷病手当金等」という。)367万8848円を受領したままであり(甲229,230),また,労働基準監督署から同月8日以降分の休業補償給付等を受領しているが,仮に賃金全額の支私を受けた場合には,その受領後に.不当利得となるこれらの給付金を返還することを予定している。
労基法24条1項の賃金全額支払の原則の効果として,傷病手当金等や休業補償給付等の返還が未了であることは,賃金全額の請求をするについての妨げとはならない。第1審被告は,民法536条2項により賃金支払義務があるのにこれを履行せず,かえって第1審原告を解雇し,労災保険制度による保護を受けざるを得ない立場に追いやっておきながら,第1審原告の労災保険制度の利用を信義則違反と主張する第1審被告の対応こそ信義則に反するものである。

イ 休業損害(選択的主張)
(ア) 休業損害の損害額
第1審原告は,第1審被告における業務に起因した本件鬱病を発病しなければ,本件鬱病を発病する以前の平成12年の年収額(568万5983円)と同額の賃金を得られたはずであるが,第1審被告からの支払はない。
(イ) 傷病手当金等による損害塡補
第1審被告においては,前記1(5)イのとおり,第1審告に対し,東芝健康保険組合より,一定の傷病手当金等が支給されているが,これについては,不当利得として東芝健康保険組合に返遷すべきものであり,これは損益相殺の対象とならないから,上記(ア)の休業損害の損害額に影響しない。

ウ 休業損害以外の損害
第1審被告による本件解雇及び安全配慮義務違反ないし注意義務違反の結果,第1審原告が受けた休業損害以外の損害は,以下の(ア)ないし(オ)のとおりであり,合計1712万4991円である。
(ア) 治療費
前記1(6)のとおり,合計17万3500円である。
(イ) 診断書作成料
前記1(6)のとおり,合計5万6200円である。
(ウ) 交通費
第1審原告は,以下のとおり,山口市周南市の実家で療養するため,住所地と実家を5往復し,交通費合計20万4300円(1往復4万0860円)を支払った。
① 平成13年9月8日から同月27日まで
② 同年10月7日から同月19日まで
③ 同月27日から同年11月16日まで
⑥ 同年12月1日から同月14日まで
⑤ 同月27日から平成14年1月11日まで
(エ)慰謝料
第1審原告は,第1審被告による本件解雇及び安全配慮義務違反行為によって,甚大な精神的苦痛を受けており,特に,業務の新規性,困難性にもかかわらず,無理なスケジュール設定を行い,ノルマを強制するといった過重労働の形で安全配慮義務違反が行われ,しかも,第1審被告のF課長は第1審原告の健康状態を知りつつ,業務軽減を図るどころか,なお新たな業務を課すなど,パワー,ハラスメントというべき嫌がらせを行ったことや,第1審被告は,労災隠しをした上,第1審原告に対し,労基法違反の悪質な解雇を行ったこと等を考慮すると,第1審原告の精神的苦痛を慰射するのに相当な金員の額は,1500万円を下るものではない。
(オ) 弁護士費用
第1審被告において負担すべき弁護士費用としては,少なくとも169万0991円が相当である。

エ 過失相殺及び素因減額
(ア) 第1審原告は,平成12年6月ころから産業医に対し,体調の不良を訴えており,平成13年5月には,産業医や上司に対し,消極的に体調の不調や精神科医への通院を伝えているのであり,自己の神経症等の状況を隠したことはない。
仮に,第1審原告の申告が十分なものでなかったとしても,神経症の診断を受けた平成12年12月の時点では,自らの症状が過重労働によるものとの認織はなかったし,神経系統に関する症状はセンシティブな事柄である上,申告により不利益な取扱いがされるおそれもあり,社会的にも申告すべきものとの認識はないのであるから,十分な申告をしなかったことはそもそも過失相殺においてしん酌されるべき事情ではな い。
(イ) 企業等に雇用される労働者の性格は多様のものであることから,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態は使用者として予想すべきものということができるから,労働者の性格が前記の範囲を外れるものではない場合には,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしん酌することはできない(最高裁判所平成12年3月24日第2小法廷判決,民集54巻3号1155頁参照)。
また,第1審原告には,そもそも本件鬱病の発病について考慮すべき性格・個体的要因は存在しない。平成12年12月に診断された神経症は,M2プロジェクト発足後に生じた本件鬱病の発病に至る前駆症状と捉えるべき疾患である。また,従前の定期健康診断において第1審原告が訴えた生理痛,首の痛みや肩こり,だるさや疲れ等はいずれもー般の労働者が通常有し得る範囲内のものであり,素因減額や過失相殺類推適用の事情とはなり得ないものである。

オ 損益相殺
労災保険制度は,損害賠償の塡補が本来の趣旨ではなく,遺族救済等を理念とした特別の社会政策上の制度であり,したがって,労災補償制度に基づく休業補償給付等は,そもそも規益相殺の対象とならない。特に,労災保険における休業特別支給金,障害特別支給金等の特別支給金が損益相殺の対象とならないことは判例(最高裁判所平成8年2月23日第2小法廷判決,民集50巻2号249頁参照)により明示された解釈である。
また,労災保険法による休業補償給付により塡補される損害は,財産的損害のうち消極損害である逸失利益のみであり,財産的損害のうち積極損害や精神的損害との関係では塡補されず,損害額から控除されない(最高裁判所昭和62年7月10日第2小法廷判決,民集41巻5号1202頁参照)。

(第1審被告の主張)
ア 賃金請求について

(ア) 本件に民法536条2項の適用のないこと
第1審原告による民法536条2項の適用を前提とする賃金請求は理由がない。労働契約に同条項が適用される場合にも,債務者である労働者は債務(労務)の提供そのものを免れるわけではないため,労働者が疾病等によって労働の能力及び意思を失っている場合には,同条項に基づき賃金の支払を請求することができない。そして,第1審原告は,労働の能力及び意思を有していない。
また,第1審原告の主張するような解釈は,労災保険法との関係で不合理な結果をもたらすものである。
すなわち,労働者の疾病が労働災害に該当するとして労災保険給付が行われる場合,使用者は労基法上の補償義務を免れる(同法84条1項)とともに,同疾病について民事上の損害賠償責任を負担する場合であっても,当落労働者に支給された労災保険給付金は民事損害賠償額から控除されることになる(同条2項)。他方,労災保険法14条1項本文は,「休業補償給付は,労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第4日目から支給するものとし,その額は,1日につき給付基礎日額の100分の60に相当する額とする。」と規定している。すなわち,労働者が業務上の負傷又は疾病により休業したとしても,その休業期間について使用者が賃金を支払った場合,休業補償給付はその要件を欠き,支給されないことになる。
しかるに,業務上の負傷又は疾病により労働者が就業できない事案について民法536条2項を適用して賃金請求権を認めることは,休業期間中の賃金支払の責任を使用者に課すことを意味し,労災保険法による休業補償給付が支給されなくなることを意味する。そうすると,使用者は,労災事故が起きたときには労災保険から損害を塡補させる目的で労災保険料を負担していたにもかかわらず,本来,民事賠償責任額から控除することができる労災保険給付金が支給されずに損害額の減縮が認められないという不合理な結果に陥る。このような不合理な結論をもたらすこととなる民法536条2項の適用があるとする解釈は,労災保険制度の存在意義を失わせるものとして排斥されるべきである。
(イ) 将来請求の理由がないこと
第1審被告は,第1審原告のいずれかの請求に係る判決確定までの支払義務を肯定するような判決が確定した場合には,確定後の分について,当核判決の内容を踏まえた対応をする考えであり,判決確定後の賃金分についてあらかじめ将来請求をしておく必要性はない。第1審原告の訴えのうち,将来請求に係る部分については,訴えの利益を欠くものとして却下されるべきである。
(ウ) 支払われるべき賃金の月額
仮に,第1審被告において第1審原告に対する賃金支払義務を負うとしても,第1審原告が主張するように,年収額568万5983円を基礎に月額47万3831円と算定することは,第1審原告の業務を軽減させるべき安全配慮義務があったとする主張と矛盾する。
すなわち,平成12年の年収額568万5983円には90万9783円の時間外手当が含まれている。しかし,平成13年9月の時点では,第1審原告が精神疾患を患っていることが明らかになっており,安全配慮義務に基づく,時間外労働をさせることはできない。時間外手当を除外して賞金額を算定すべきである。
賞与についても,第1審被告の給与規則41条2項により賞与支給の要件となっている「事業年度の当該半期間の実勤務」が第1審原告にない以上,賞与の受給資格要件を欠く。また,同月以降,第1審原告はほとんど業務に就くことができなかったのであるから,仮に平成13年以降の賞与査定を行うとすれば「要努力」の評価にならざるを得ない。第1審原告の賞与査定の評価が従前のとおりに良好なものであるとするのは,単なる可能性ではあるが,事実は業務に就いていないのであり,このような実態を考慮しないで,良好の評価をもって賞与額の算定をすることは誤っている。また,交通事故の事案では,業務の過重性等は問題になり得ないのであり,同列には論じられない。
そして,第1審被告において,このような実態に見合った賃金額の算定を求めることは何ら信義則(クリーンハンドの原則)に反するものではない。
(エ) 受給済みの休業補償給付等との関係
第1審原告は,第1審被告から賃金全額を受額すれば,既に受給した休業補償給付等や,東芝健康保険組合からの返還請求を受けながら返還に応じていない傷病手当金等367万8848円の返還を速やかに行う旨主張するが,返還されるという保証は何ら存在しない。
傷病手当金等にしろ休業補償給付等にしろ,第1審原告が自ら申請し受領したにもかかわらず,これを返還したいからといって,そのために不足する分の負担を第1審被告に求めるのは,信義に反する行為であり許されない。

イ 休業損害の損害額
仮に,第1審被告が,債務不履行又は不法行為により,第1審原告に対する休業損害の賠償義務を負うとしても,第1審原告が主張するように,年収額568万5983円を基礎に月額47万3831円と算定することは,第1審原告の業務を軽減させるべき安全配慮義務があったとする主張と矛盾するのであり,前記ア(ウ)に主張するとおり,実態に見合った休業損害額を支払うべきものであり,このことは何ら信義則(クリーンハンドの原則)に反するものではない。

ウ 休業損害以外の損害
否認ないし争う。

エ 過失相殺及び素因減額
(ア) 第1審原告は,H神経科クリニックにおける受診を申告しておらず,第1審被告において,第1審原告に精神疾患がある可能性を把握する機会を失わせることに繋がった。
(イ) 精神障害の発病には,単一の病因ではなく,素因,環境因(身体因,心因)の複数の病因が関与すると一般に解されており,したがって,労働者の精神障害の発病につき,使用者に何らかの安全配慮義務違反が認められる場合であっても,精神障害発病の成因の一つである個人側要因について何ら勘案することなく,全損害を使用者に負担させるのは公平を欠くというべきであり,過失相殺法理を適用ないし類推適用して,負担させる損害額を減ずるべきものである(最高裁判所平成12年6月27日第3小法廷決定,労判795号13頁〔大阪高等裁判所平成10年8月27日判決・労判744号17頁〕参照)。
本件において,第1審原告は,平成12年6月以降,不眠症,慢性頭痛(筋収縮性頭痛),神経症の診断を受けるなどしており,第1審原告には,精神疾患の既往歴ないしその素因が認められる。他方,第1審原告の時間外労働時間は.平均70時間を下回るものであって,仮に,業務起因性が肯定されるとしても,過重性の程度は低く,本件鬱病の発病には第1審原告本人の個体側の脆弱性が大きく関与している。

オ 損益相殺
本件では,第1審原昔の労災保険給付を不支給とした労働基準監督署の決定が東京地方裁判所によって取り消され,第1審原告の精神障害について労働災害であるとの認定がされ,第1審原告に対する労災保険給付がされている。このように,労災保険法に基づく保険給付がされた場合には,使用者は労基法上の補償義務を免れ,労基法上の補償を行った場合には,民事責任を免れるという労基法84条1項,2項の規定を類推適用して,使用者は,労働者に行われた労災保険給付の価額の限度において民法による損害賠償の責めを免れると解すべきである(休業補償金につき,前記平成8年判決参照。)。したがって,本件において第1審原告が主張する損害額についても,損益相殺がされるべきである。
そして,第1審原告は,平成14年9月8日から平成21年7月7日まで(それ以前は時効消滅)の労災保険に基づく休業補償給付として,合計2422万8945円を受給し(特別支給金を除く。),その後も1日当たり9711円(16,185円×0.6)の割合による休業補償給付を受給していると思われ,仮に平成22年4月30日までの分を算定すると,総合計は2711万3112円となりその全額が損益相殺の対象となる。
また,東芝健康保険組合は,第1審原告につき労災認定がされたことから,第1審原告に対し,支給済みの傷病手当金等の返還請求をしたが,第1審原告は,367万8848円についての返還に応じていない。同金額についても損益相殺の対象とすべきである。
なお,被災労働者の取得する損害賠償請求権は,あくまでも過失相殺による減額がされた後の金額のものであることから,まず過失相殺をした後に,労災保険給付金の控除を行うべきことになる(最高裁判所平成元年4月11日第3小法廷判決・民集43巻4号209頁参照)。

(4) 争点(4)(第1審原告が第1審被告の会社規程に基づき賞与相当額及び休業補償金の支払を求めることの可否及びその数額)
(第1審原告)
ア 見舞金

(ア) 第1審被告の見舞金・弔慰金贈与規程(甲235。以下「見舞金規程」という。)4条は,「社員が…業務上の負傷又は疾病により休業を要する場合においては別表第1号表の2により,…休業期間の区分に従い見舞金を贈与する」と定め,別表第1号表の2では,「主事3以上」の者が「休業3年以上」の場合の見舞金を560万円と定めている。第1審原告の本件鬱病が業務上の原因によるものであることは明らかであり,「主事3以上」かつ「休業3年以上」に核当する。なお,第1審被告は,本件は「業務上か否かの判定が困難なとき」には核当せず,業務上ではないことが明らかであり,見舞金請求権の発生要件を欠く旨主張するが,同規程が多数の従業員を対象とするものであることにかんがみ,従業員の予測可能性や公平等の観点を踏まえて,社会通念に従った解釈及び当てはめが行われるべきである。そして,本件鬱病は,上記のとおり,業務上の原因によるものであることが明らかである。
見舞金請求権は,同規程4条の規定の体裁に照らし,第1審被告の支給決定を待つことなく,3年の経過で発生すると解すべきである。
(イ) 見舞金規程上,見舞金は第1審被告の過失の有無を問わずに支給されることや,損害賠償請求権との調整条項もないことから,慰謝料請求権との損益相殺の関係には立たない。

イ 賞与相当額の支給金
第1審被告は,第1審原告に対し,「会社規範による支給金」,具体的には「主事1以下一般給与体系者賞与取扱基準」に基づいて,平成14年6月から平成21年12月までの賞与相当額から,平成14年6月から平成16年12月までの期間において支給された病気見舞金を控除した金額913万3000円を支払うべきことを説明している(甲237)。
また,平成22年6月からの毎回の賞与相当額は、上記支給された病気見舞金が123万7000円であるから,平成22年6月以降の1回当たりの賞与相当額は,病気見舞金を控除する前の1037万円を平成21年12月までの賞与回数16回で割った64万8125円である。
なお,この賞与相当額の給付は,第1審被告の説明によれば,休業補償金に重ねて支給されるものであり,そうすると,本件賞与相当額の給付は,業務上災害の場合の上積み補償の性質を有し,賃金分の支払に重ねて支給されるものである。

ウ 休業補償金
第1審被告の災害補償規程4条は,「社員が業務上負傷し又は疾病にかかり,療養のため就業できないために賃金を受けないときは,その日よりその療養期間中,休業補償金として1日につき平均賃金相当額よりそれに対する所得税賦課率を乗じた額を控除した金額を支給する」と定め,同規程11条1項は,その支給方法につき「毎月1回これを支給する」とする(甲236)。第1審原告の疾病が業務によるものであることは明らかであり,第1審原告の平均賃金相当額は1万6185円(労働基準監督署の認定),所得税賦課率を乗じた額は885円であるから,1か月が30日の月は45万9000円,31日の月は47万4300円となる。
平成13年9月1日から平成16年8月末日までの1096日では,1676万8800円,同年9月分以降.毎月,翌月25日限り,1月30日の月は45万9000円,31日の月は一部請求である47万3831円の支給を受けることができる。

(第1審被告)
ア 見舞金

(ア) 第1審被告の見舞金規程4条が要件とする「業務上」であるか否かは,同規程14条が「社長の負傷,疾病又は死亡の原因が,業務上か否かの判定が困難なときは,行改官庁の認定によるものとする。」と規定することから明らかなように,第1次的な判断権者を第1審被告とし,第1審被告においてその判定を行うのが困難な場合についてのみ,行政官庁の認定によることとしている。そして,第1審被告は,第1審原告が発病したと主張する本件鬱病と第1審被告の業務との間には何ら相当因果関係が認められないと判断しているのであり,見舞金支給の要件を充足しない。
また,見舞金請求権は,休業してから3年の経過で当然に発生するものではなく,第1審被告の支給決定により初めて発生する。
(イ) 労災保険給付金は,使用者の過失の有無にかかわらず被災労働者の負傷又は疾病に業務起因性が認めらることにより支給され,その支給額は損害賭価額から規益相殺の対象となる。本件見舞金が,第1審被告の過失の有無と関係なく支払われるとの一事から規益相殺の対象でなくなるものではない。また,見舞金規程に損害賠償請求権との調整条項が存在しないということだけで損益相殺が否定されるものでもない。特に,見舞金の金額が,身体に障害が生じた場合には,交通事故における後遺症慰謝料の基準金額に準じて設定されている上,その金額自体も相当高額であるから,損害の塡補の趣旨を持つことは明らかである。したがって,慰謝料請求権から損益相殺されるべきである。

イ 賞与相当額の支給金
第1審原告は,会社規程により賞与相当額の支給金が存在する旨主張するが,第1審被告の災害補償規程(甲236)には.休業補償金の支給の定めはあるが,これとは別に,賞与相当額の金員を支給することを定める条項は存在しない。和解の席上,私傷病により欠勤し,賞与の受給資格者に当たらない第1審原告に対する配慮として,賞与相当額の金具の支給を提案したにすぎないのを,第1審原告において,上積み補償の性格を有する支給金であると主張しているものである。

ウ 休業補償金
(ア) 第1審原告は,災害補償規程4条に基づく休業補償金として,休業1日につき1万5300円の紳求権を有すると主張するが,同規程の定める休業補償金を受給するためには,原告の疾病が業務上のものであることが必要である(同規程4条)ところ,「業務上」であるか否かは,同規程16条が「社長の負傷,疾病又は死亡の原因が,業務上か業務外かの判定の困難なときは,行政官庁の認定によるものとする。」と規定することから明らかなように,第1次的な判断権者を第1審被告とし,第1審被告においてその判定を行うのが困難な場合についてのみ,行政官庁の認定によることとしている。そして,第1審被告は,第1審原告が発症したと主張する鬱病と第1審被告の業務との間には何ら相当因果関係が認められないと判断しているのであり,見舞金支給の要件を充足しない。
(イ) 仮に,本件鬱病が業務上の疾病であることが認められるとしても,同規程14条2項は,「この規程によって補償を受け得る者が,同一事由により労働者災害補償保険法に定める療養補償給付又は休業補償給付を受け得るときは,その価額の限度において,この規程による療養もしくは療養補償金又は休業補償金の給付は行わない。」と規定し,第1審被告と東芝労働組合との労使協定(乙8)108条も「この章により補償を受けることができる組合員が,同一の事由について労働者災害補体保険法によって,この章の災害補償に相当する保険給付を受けることができる場合は,その価額の限度においてこの章の補償を行わない」とし,「本条に定める労働者災害補償保険法によって受ける保険給付とは,労働者災害補償保険特別支給金支給規則による特別支給金を含む。」と規定している。
第1審原昔は,労災保険から,休業補償給付として1日当たり9711円,特別支給金として1日当たり3237円の支給を受けているから,同規程に基づく休業補償金は1日当たり2352円(16,185円-885円-9,711円-3,237円)となる。そして,第1審原告が一旦受領した休業補償給付等を返還したとしても,災害補償規掛に基づく休業補償金の支給金額が増額されることはない(同規程14条2項)。」

第3 当裁判所の判断
まとめ
当裁判所は,第1審原告の請求は,雇用上の地位の確認,平成13年9月分から平成16年8月分までの未払賃金合計970万8600円及び平成16年10月(同年9月分)から本判決確定の日まで毎月25日限り月額26万9683円の賃金並びにこれらに対する当核月の26日から完済に至るまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,治療費13万8800円,診断書作成料4万4960円,交通費16万3440円,慰謝料320万円,弁護士費用130万円及び見舞金240万円並びにこれらに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の第3の1及び2(更正決定後のもの)記載のとおりであるから,これを引用する。

1 事実の認定 (追加修正の部分を記載)
(原判決の補正)
1(1) 原判決書15頁6行目の「195,」の次に「209の1,2」を加える。
(2) 同頁7行目の「23,」の次に「29,32,34.42,」を加える。

(1) 原告の健康状況等
イ 性格

2(1) 16頁1行目の冒頭から同頁3行目の末尾までを次のとおり改める。
「 第1審原告は,明るく,さっぱりとした印象を与える人物である。仕事に関しては,自分が熟知していることは良くやる反面,知らないことに関しては自発的にはしようとしなかったことから,上司がはっきりと指示をしてやる必要があったが,いったん与えられた仕事に関しては真面目に取り組む努力家である。また,自己主張も強く,自分のやり方にこだわり,物言いもきつい面があったが,上司や同僚から,一緒に仕事していて特段困ると訴えられるようなところはなかった(甲106,110,122,乙9)。」

ウ 病歴・j既往歴
(2) 同頁8行目の「9年」,同頁11行目の「10年」,同頁13行目の「11年」及び同頁16行目の「12年」の次にそれぞれ「6月」を加え,同頁19行目の末尾の次に,行を改めて「(甲80の2ないし5)」を加える。
(3) 同頁20行目の冒頭から同頁21行目の末尾までを次のとおり改める。
「(エ) 第1審原告は,平成12年5月の会社の健康診断時に不眠を訴えたことから,同年6月,深谷工場の診療所で不眠症と診断され,レンドルミン0.25mg(適応:不眠症)14日分を処方された(甲117の1,2,159)。」
(4) 同頁22行目の「以降」を「3日」に改め,同頁25行目から同頁26行目にかけての「各7日分」を削り,同行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「その後,第1審原告は,同年8月9日にも,不眠を訴え,Y医院において受診した。第1審原告の不眠の症状は,入社後5年目くらいから出ていた。
(甲112,113の1,2,114,126の7,9,乙23)」

オ 原告の精神疾患の既往歴
3(1) 17頁1行目の冒頭から同行目の末尾までを次のとおり改める。
「(オ) 第1審原告には.平成12年12月13日に北深神産科クリニックにおいて神経症の診断を受けるまで,精神疾患の既往症はなかった(甲127の3)。」

(2)被告における従業員の勤務時間管理の方法等
ア AQUAシステム
(2) 同頁18行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「 もっとも,平成12年10月1日からは,AQUAシステムのバージョンアップ等に伴って,上記③の手続が,上司による確認手続も含めて廃止された(乙34)。」

イ 残業の申請
(3) 同頁24行目の冒頭から18頁5行目の末尾までを次のとおり改める。
「 月の残業時間が40時間以内の場合には,第1審被告が包括的に労働組合の了承を得ていた関係から.残業申請を行う必要はなかったが,40時間を超える場合には,第1審被告と労働組合との間で,個別に時間外協定を締結する必要があったことから,従業員による残業申請が必要であった。さらに60時間を超える残業申請を行う場合には,第1審被告から労働組合に理由書を連出した上での協議が行われ,個別の特別協定が締結される必要があったことから,当核従業員だけでなく,その上司からも理由書を文書として勤労担当に捷出することとなっており,80時間を超える場合には,改めて上記特別協定の締結手続がとられた(甲101,105,159,乙34)。」

(3)原告の平成12年10月から平成13年4月までの業務等(A業務)
ア M2ライン立ち上げプロジェクトの概要

4 20頁1行目の「である」の次に「(甲98,131)」を,同頁19行目の末尾の次に,行を改めて「(甲98,乙12)」をそれぞれ加える。
5 21頁12行目の末尾の次に,行を改めて,「(甲21の3,4,98,130,172)」を加え,同頁21行目の「データ資料作成に携わり」を「そのために求められるデータ資料の作成にも必要に応じて携わり」に改める。
6 22頁1行目の末尾の次に,行を改めて,「(甲98,乙29)」を加える。
7 23頁8行目の末尾の次に,行を改めて,「(甲133,乙12,第1審原告)」を,同頁13行目の末尾の次に,行を改めて,「(第1審原告)」を加え,

イ 原告がM2ライン立ち上げプロジェクトへ参加するようになった経緯等
同頁24行目の「(甲173)」を削り,同行目の末尾の次に,行を改めて,「(甲99,107,173)」を加える。
8(1) 24頁4行目の「あったところ,」の次に「M1ラインと同様に,」を,同頁5行目の「垂直立上げ」」の次に「。ただし,「垂直立上げ」とは標語であり,それ自体が労働等の実態を表すものではない。」をそれぞれ加える。
(2) 同頁12行目の「(甲107)」を次のとおり改める。
「(なお,第2期の終了予定時期について,第1審被告は甲107の「01,4/E(未)」の記載を「01,7/E(末)」の誤記である旨指摘するが,F課長は,労働基準監督署の聴取に対し,「M2ラインは最終的には当初の計画に対して,平成13年4月最終でしたから,終了が同年の9月になってしまったので5か月遅れてしまったのは事実です」と述べていること(甲106),アレイ設備搬入・立上げスケジュール(甲16の2)においても,プロセス確認等を残すが,主要な業務は4月末までに終える予定であることが窺われることに照らし,採用することができない。)」
(3) 同頁18行目の「スルー流通開始」を「スルー流品開始」に改める。
(4) 同頁23行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「(甲18ないし20,106,107,110)」
9(1) 25頁7行目の「また,被告は,同年」を次のとおり改める。
「 また,第1審被告のF課長は,同年10月12日,第1審原告らの部署の重要課題の一つとして,「M2早期立上げと生産寄与前倒し」を挙げて,スルー流品開始を平成13年1月10日,生産開始を同月23日とすることを説明した(乙13)。 
さらに,第1審被告は,平成12年」

ウ M2ライン立ち上げプロジェクト発足後、平成12年12月の経緯
(2) 同頁13行目の「発足した」の次に「(甲101,108)」を,同頁14行目の「原告は,」の次に「平成12年11月ころ」をそれぞれ加える。
(3) 同頁17行目の「であった」を次のとおり改める。
「であり,ドライエッチング工程では,スパッタ装置で成膜する金属膜のMoW膜,CVD装置で成膜する非金属膜のポリシリコン膜,SiN膜があるところ,各々の担当者は,MoW膜が第1審原告,ポリシリコン膜がT,SiN膜がUとなっていた」
(4) 同頁18行目の「外れた。)」の次に「(甲99,106,157)」を,19行目の「異なり,」の次に「上記の担当業務以外に,」をそれぞれ加え,同頁21行目の「,,」を「,」に改める。
(5) 同頁22行目の「初めてのことであった」の次に,次のとおり加える。
「。もっとも,第1審原告の中堅社員としての職歴及び経験に照らして,順当な人事と考えられ,第1審原告としても,自らがリーダーになることは妥当な人事であると考えていた」
(6) 同26行目の「呼んでいた。)」の次に「(甲19,証人F)」を加える。
10(1) 26頁9行目の冒頭から同頁11行目の末尾までを次のとおり改める。
「 そして,第1審被告は,平成12年12月時点で,前記イ(エ)の方針どおり,M2ラインの立上げ計画における第1期の「流品開始」を平成13年1月13日,「量産開始を同月23日とした(甲18,121,第1審原告)。
これは,試作品の検証期間を1週間に短縮するものであった。」
(2) 同頁13行目の「着手された」の次に「(甲159)」を加える。
(3) 同頁15行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「なお,トラブルとは,起こってはならない正常でない事態が発生したことのみをいうのではなく,新たな装置を設置し調整する過程で,見つけ出して修正しておくべき不具合(バグ)の発見も含まれており,プロセス技術者としての第1審原告らの業務には,装置を納入したメーカーが改善を負うこととなっている期間内に,あらゆる不具合を出し切り,装置メーカーに改善を行わせることが含まれていた。すなわち,トラブルが起きること自体が問題なのではなく,トラブルが起こるのを前提として,いかに対応するかが問題となる。ただし,トラブルの実態がこのような不具合の発見と改善にあるとしても,担当者の負荷は不具合の内容及び数量によるのであり,第1審被告が主張するように,一概に負荷が小さいということはできないし,小さいと認めるに足りる証拠もない。」
(4) 同頁16行目の冒頭から同頁18行目の末尾までを次のとおり改める。
「(エ) 第1審原告を含む第1審被告の担当者は,設備メーカーの担当者が作業のため午前9時から午後9時まで社内に滞在していたことから,第1審被告の担当者の誰かが,メーカー担当者の作業開始前に出勤し,メーカー担当者が退出するのを待って帰っていた(第1審原告)。」
(5) 同頁22行目の「1」の次に「,2」を加える。
11 27頁5行目の「99,」の次に「101,122,」を加え,同頁17行目及び同頁18行目の「・」を「:」,同頁19行目の「確認」を「再確認」にそれぞれ改め,同頁20行目の「1及び2」の次に「,乙13」を加え,同頁21行目の冒頭から同行目の末尾までを削る。

エ 平成13年1月及び2月の経緯
12(1) 28頁2行目の「になった」の次に「(甲102,121)」を加え,同頁5行目から同頁6行目のかけての「その対策を講じるのに時間を要した」を削り,同行日の「甲24」の次に「の1」を加える。
(2) 同頁8行目の「その対応にも追われた(甲30)。」を次のとおり改める。
「これらのトラブル等については,装置納入メーカーである東京エレクトロンが第1次的な改善対策を行うものであったが,その改善対策に対する指示や報告の受領をするなどの対応は,第1審原告が,第1審被告側の対応兼任者として行っていた(甲30,121,209の1,乙29,32,弁論の全趣旨)。」
(3) 同頁11行目の「同月2日」及び同頁13行目の「同月17日(土曜日)」,同頁14行目から同頁15行目にかけての「サブ」を削り,同行目の「参加した」の次に,次のとおり加える。
「(甲22,23,24の1,2,25の1,2,30ないし32,36ないし38,40,41,乙1。同月2日の会議については第1審原告自らが欠席を認め,同月17日の会議については出席したことが認められない。なお,第1審被告は,会議録の出席者欄に第1審原告の氏名が記載されていない会議には,第1審原告が出席していなかったと主張するが,会社案内上に第1審原告による報告予定が記載され,あるいは第1審原告が担当する業務内容に関連する報告のあったことが会議録に記載されていることにかんがみると,第1審原告の上記認定に係る会議への出席を推認することができる。)」
(4) 同頁19行目の「(」の次に「甲158,」を加え,同頁26行目の「踏まえむ」を「踏まえる」に改める。
13(1) 29頁4行目の「求められた」の次に「(甲40)」を加える。
(2) 同頁8行目の「しかしながら,」から同頁15行目の末尾までを次のとおり改める。
「しかし,前記対策を行うためには,サンプル作成を行うのに4日程度,その  サンプルの写真について電子顕微鏡による分析を外部に委託して行うのに2,3日程度が必要であったが,合わせて1週間の期間が最短の時間となることから,M参事は,第1審原告に対し,第1審原告の設定した期間を「遅い」と述べ,スケジュールを短縮し適正化するように指示した。これに対し,第1審原告は,同年3月にデータを提出することは不可能であると考え,「前倒しはできません。無理です。」と回答した。同会議の出席者らは,M参事に異を唱えたり,第1審原告に対し何らかのアドバイスをすることもなかった。なお,第1審原告は,同年2月25日から同年3月8日までの間に,土日及びその振替休暇日を除いて,4日間の休暇を取得していた。(甲40,41,100,158,乙12,第1審原告)」
(3) 同頁16行目の冒頭から同頁20行目の末尾までを次のとおり改める。
「(エ) 深谷工場のM2ライン立上げプロジェクトの担当者は,平成13年1月9日以降,毎日行われる朝会に出席することを命じられ,第1審原告も,T及びUと相談の上,交代で3日に1度出席していたが,3月中旬からは多忙等のため全く出席しなくなった。この朝会は,装置が製造部に引き渡されるまでは技術部が主催し,引渡後は製造部が主催したものであり,第1審原告ら技術者と製造部とが不具合について話し合うことを内容とし,午前8時から開始し,30分から1時間程度行われていた(甲100,102,110,第1審原告。なお,第1審被告は,甲82の4ないし6によれば,第1審原告が午前8時に出勤した日数は,同年1月から3月まで各3日でしかなく,第1審原告はほとんど朝会に出席していないと主張するが,後記2(2)ウ(ア)のとおり,そもそも第1審被告が正式な社内記録として保管する勤務表(タイムカード)(乙1。以下「本件勤務表」という。)の勤務時間に関する記載内容は信頼性が乏しいこと(本件勤務表を基に作成された賃金台帳(甲83の13ないし15)の記載内容も同様である。)や,第1審原告と輪番で出席したとするTの陳述記載に照らし,第1審原告の朝会への出席を認めることができる。)。」
 (4) 同頁23行目の「ようになった」の次に「(甲101,122,第1審原告)」を加える。

オ 平成13年3月及び同年4月の経緯
14(1) 30頁12行目から同頁13行目にかけての「原告もその対応に追われた」を次のとおり改める。
「これらのトラブルについては,前記のとおり,装置の納入業者である東京エレクトロンが改修作業を行うことになっていたが,第1審原告においても,第1審被告側の責任者として,同社に対する指示や同社からの報告の受領といった対応に追われた」
(2) 同頁16行目の「(甲44,121)」を削り,同行目の末尾の次に,行を改めて,「(甲44,121,乙29,32)」を加える。
(3) 同頁19行目の「指示された」から31頁5行目の末尾までを次のとおり改める。
「指示された。当初のスケジュール(甲64)どおり,同年2月26日に着手すれば,指示に係る報告は可能であった(甲26の1,第1審原告,弁論の全趣旨)。
しかし,第1審原告は,それまでの条件出しのデータの具体的な提出期限 が定められていなかったこともあって,スケジュール上,条件出しに必要な資料作成には期間的な余裕があると考えてデータ取りをしていなかったことから,同年3月8日の会議では報告をしなかった(甲121,第1審原告)。もっとも,第1審原告において余裕があると考えていたこのスケジュールは,先にM参事から短縮し適正化することを求められたものであった(弁論の 全趣旨)。
このような第1審原告の対応に対し,T主務は,第1審原告を厳しく叱責し,「ドライが最重要なんだ。どうして報告しなかったんだ。」,「何が何でもデータを出せ。」,「とにかくデータを出せ。今日中に詳細なスケジュールを書いて出せ。」などと強い口調で要求した。そこで,第1審原告は,同日が明けた翌3月9日午前1時過ぎまでかかって,データ取りを行った上,スケジュールを記載した書面(甲15,64。「MoWスケジュール」)を提出した。なお,これまでの会議では,第1審原告ら従業員が求められた内容を報告しないこともあったが,それに対して上司からの厳しい叱責もないのが通常であった(甲100,102,106,121,158,160,第1審原告。なお,T主務は,上記認定に係る発言をしたことを否定する陳述書〔乙33〕を提出するが,第1審原告によるデータ作成が即日行われたことなどに照らし信用することができない。)。」
15(1) 31頁17行目の「100」を「102」に改め,同頁20行目の「甲62」の次に「,121」を,同頁23行目の「得た」の次に「(甲121)」をそれぞれ加える。
(2) 同頁24行目の冒頭から32頁3行目の末尾までを次のとおり改める。
「(オ) 第1審原告は,平成13年3月以降,平日に装置の立上げ業務を行う傍ら,トラブルヘの対応やこれを原因とする業務の遅れから,当初のスケジュールでは出勤日とされていなかった土日にも出勤せざるを得なくなった。もっとも,休日の出勤日数は,平成12年12月が3日,平成13年1月が5日,同年2月が3日,同年3月が5日,同年4月が4日であり,代休取得日数は,平成12年12月が3日,平成13年1月が5日,同年2月が3日,同年3月が5日,同年4月が4日であった。土日に連続して出勤したのは,平成13年1月6日及び7日,同年3月31日及び4月1日,同年4月7日及び8日の3回であった(甲101,102,159,    160,乙1,第1審原告)。」
16(1) 32頁6行目の「あった(」の次に「甲158,」を加える。
(2) 同頁13行目及び同頁18行目の各末尾の次に「第1審被告の産業医は,第1審原告について,特段の就労制限を必要としない「A1」の総合判断をした。」を加える。
(3) 同頁23行目の末尾に,行を改めて,次のとおり加える。
「 なお,第1審原告は,平成13年3月,4月ころ,自分でもふらふらと疲れているという自覚を有していたが,そのことを職場の同僚や家族に言ったことはなく,同僚や家族から第1審原告の様子に関して何か言われたこともなかった(甲101,159)。」

(4)原告の平成13年5月ないし同年7月の勤務等の状況
ア 担当業務の変更

17(1) 33頁1行目の「工程の」を次のとおり改める。
「工程については,同年3月末日までにM2ラインの生産稼働を中止することが決まっており,また,既に同工程全体の業務量が減少していたことから,」
(2) 同頁3行目の「102,」の次に「106,」を,同頁13行目の「含まれていた」の次に「(甲100,160)」を,同16行目の「ディスプレイである」の次に「。なお,「反射製品」と「透過製品」の両機能を備えた液晶ディスプレイを「半透過製品」という」をそれぞれ加え,同頁18行の冒頭から同頁19行目の末尾までを削る。

イ 平成13年5月の経緯
18(1) 34頁5行目の冒頭から同頁8行目の末尾までを次のとおり改める。
「 その一方,第1審原告は,従前からF課長にM2の方が落ち着いたら反射製品開発の仕事をするようにと言われていたのであるが,同課長からの指示により,反射製品開発業務もスルーとして担当することになり,同月10日,反射不良の打合せ会議に出席した。もっとも,F課長からは,第1審原告が十分と思えるような業務の詳細な説明がされなかった。また,役職者以外には,M2ラインが生産稼働を中止することを知らされなかったため,第1審原告を含めて,M2ラインの立ち上げの遅れが技術的な問題によるものと認識した者が多かった(甲100,102,121,158,160,乙29, 第1審原告)。」
(2) 同頁9行目から同頁10行目にかけての「甲48ないし56,121」を「甲51ないし56,121。なお,第1審原告は,甲48ないし50の会議には出席していない。」に,同頁11行目の「原告も」を「第1審原告は」に,同頁12行目の「予定が最優先されたことから」を「都合も考慮され」にそれぞれ改める。
(3) 同頁20行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「なお,承認会議(P-DAT)には,書類作成,会議運営,質問対応の準備が必要であり,その準備に2,3か月を要するのが通常であった。もっとも,P-DATには難易度によるランクがあり,第1審原告の担当したのは,既存ラインヘの新規プロセス技術の採用に関するものであり,製造拠点の新設のように難易度の高いものではなく,難易度中等のものであった(甲106,110,122,123,乙42,第1審原告)。」
(4) 同21行目の冒頭から同頁26行目の末尾までを次のとおり改める。
「(イ) 第1審原告は,F課長から,パッド腐食問題に関する会議にも出席するように命じられ,同月15日に行われた会議に出席したが,その後,第1審原告は,F課長に対し,反射製品開発業務(B業務)だけでもボリュームがあると述べて,パッド腐食問題対策業務の担当を断った。
(甲51,106,121,158,159, 第1審原告。なお,同月14日の会議については,会議録(甲50)に第1審原告ではなく「FGPM」とF課長が出席者として記載されていることや,F課長の陳述書(乙12)の記載内容に照らし,第1審原告が出席したことを認めることができない。)」
19(1) 35頁3行目の「打ち合わせを開いた」から同頁6行目の末尾までを,次のとおり改める。
「打合せを行い,最初の承認会議で不合格になった問題点についての解決策や次回の承認会議に向けて新たに行わなければならない事項についての検討を行った(甲56,158)。」
(2) 同頁9行目の「100,」の次に「101,」を,同頁13行目の「かった(」の次に「甲101,159,」をそれぞれ加え,同頁25行目の「項」を削る。

ウ 平成13年6月の経緯
20(1) 同頁36頁2行目の「H神経科クリニックに」を「定時に退社したり,H神経科クリニックに本格的に」に,同頁4行目の「このころ」を「同年5,6月ころ」にそれぞれ改める。
(2) 同頁17行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「 そして,第1審被告の産業医は,第1審原告について,特段の就労制限を必要としない「A1」の総合判断をした。」
(3) 同頁19行目の「甲12」の次に「,乙6の4」を加える。
21(1) 37頁5行目の「と回答した。」から同頁14行目の末尾までを次のとおり改める。
「の欄に印を付けたが,「いつも」より重度の「たびたび」の欄に印を付けたものでなく,「気になることかあるので医師と相談したい」については「いいえ」を選択していた。第1審原告のこのような回答からは,第1審被告においても,第1審原告の体調や心理状況が「頭痛,頭重思,首の痛み,肩こり,集中力不足,不眠,判断力低下,ストレス,憂うつ気分,自信喪失あり,会社生活・仕事上のサポートやや不満,生きがいは不変,希死念慮はあまりなし」といった程度のものであるとしか認識することが可能でなかった(甲117の2。なお,同日,第1審原告が第1審被告の産業医の診察を受けたことを認めるに足りる証拠はない。)。
(オ) 第1審原告は,自己の体調不良から,同月下旬ころ,F課長に対し,反射製品開発業務に関する承認会議等の業務について,「自分が担当しな    くていいのでは」と述べるなどして,反射製品開発業務や,その承認会議の提案責任者となることを断ろうとした。しかし,F課長は,第1審原告の体調不良を認識しておらず,また,第1審原告は体調不良をきちんと申告しなかったため,F課長は何も答えず,第1審原告は,了解を得ることができなかった。そのため,第1審原告は,このように,ともすれば自分の業務が増やされそうになるので,自分自身で自己防衛の観点から業務の量を調整すべく務め,同月15日の時点では,仕事の量を減らしたとの認識を持ち,同月29日には,残業がなく,仕事量を減らし,責任者のような立場を外してもらうことができたとの認識を持っていた(甲100,112,158,乙12。なお,第1審原告は,同月以降,F課長に対し,体調不良を訴えて業務の限定等を求めた旨を主張するが,甲112の記載内容に照らすと,確かに,第1審原告の業務量の軽減が図られていることが窺えるが,同時に,第1審原告はそれは自分白身の努力であって,F課長の対応ではないと主張し,F課長は,第1審原告が過労気味であることに気付いたのは同年7月28日の前であると供述すること(乙12),その後,第1審原告には「半透過製品」のデザインビュー会議に提案責任者という重責を伴う任務が割り当てられたことなどにかんがみると,F課長に「体調不良」を具体的に訴えてはいなかったと認められるのであり,第1審原告が,F課長に体調不良を訴えたことも,第1審被告が主張するようにF課長による第1審原告の業務量への配慮があったことも,いずれも認定することはできない。)。」

エ 平成13年7月の経緯
(2) 同頁17行目の「提案責任者として」を「2人の提案責任者のうちの一人として」に,同頁18行目の「102,160」を「100,158,160,乙12,29」にそれぞれ改める。
22(1) 38頁9行目の冒頭から同頁16行目の末尾までを次のとおり改める。
「(イ) 第1審原告は,前記(ア)の一連の承認会議等の後に,F課長に対し,反射製品開発業務の内容を限定することを求めたところ,F課長もこれを了承した。しかし,第1審原告に代わる新担当者が具体的に決まらず,第1審原告の反射製品開発業務が限定されない状態が続いた(甲100,158)。」
(2) 同頁19行目の「同月中旬ころ」を「同月中旬ころになると」に改める
(3) 同頁26行目の冒頭から39頁12行目の末尾までを次のとおり改める。
「 なお,第1審原告は,同日の時間外超過者健康診断で「うつ病チェツクシート」にも記入し,産業医の診察を受け,投薬治療をする旨言われたので既に精神科に通院していることを告げた旨主張し,これに沿う供述をするが,第1審被告の産業医が作成した診療経過の報告(甲117の2)には,同日に産業医による診察があったことを窺わせる記載はなく,他にも第1審原告の主張を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。また,第1審原告は,同月中旬に,第1審原告が,F課長から「鬱状態ではないの。」と聞かれたことから,精神科に通院していることを告げ,反射製品開発業務の限定を求めたこと,それにもかかわらず,F課長が,同月25日ころに休暇を取得していた第1審原告に対し,電話をかけ会議への出席を求めてきたことを主張し,その旨の供述等(甲100,158,第1審原告)をするが,いずれの出来事もF課長は否定しており,しかも,F課長の「鬱状態ではないの」という発言に端を発する会話については,F課長が,第1審原告をして,同年8月10日にメンタルヘルスの受診をさせていること(甲117の2)にかんがみるとこれを認めることはできず,F課長から第1審原告に対する電話があったとの供述等も,第1審原告は同月23日から同月27日までの間は出勤していること(甲82,乙1)に徴して,採用することができない。

(4)原告の平成13年5月ないし同年7月の勤務等の状況
ア 担当業務の変更等

23 39頁15行目の冒頭から同頁25行目の末尾までを次のとおり改める。
「(ア) 第1審原告は,深谷工場全体の休業日及び有給休暇を利用して同年7月28日から同年8月6日まで帰省するなどして休養を取り,翌7日に出勤したところ,会社にいることが嫌でたまらなく思え,何でこんなに苦しいのに働くのかと涙が出るような状態であった(甲13の2,100,158,159)。
F課長や同僚のKは,このころの第1審原告について,元気がなく,席に座ってボーっとしていて,パソコンの画面を見ながら,手が止まっているなど,普段とは違う様子であることを認識しており,F課長は,第1審原告に対し,「大丈夫か。」と声をかけたことがあった(甲101,106,122,123,159,乙12)。
第1審原告は,F課長に勧められたことから,同月10日,第1審被告会社のメンタルヘルス相談を受診し(甲117の2),その後,同月11日から同月15日まで,第1審被告の盆休みを利用して療養した。」
24(1) 40頁2行目の冒頭から同頁4行目の末尾までを次のとおり改める。
「 この進行を踏まえ,深谷工場では,同年8月22日,「M2ライン不良解析チーム」(甲63)を発足させるとともに,第1審原告を同チームのメンバーとし,ノルマ等がなく自分のペースで仕事を進めることができるこの業務に専従させることとした(いわゆるD業務)。
(甲63,106,158,乙12。なお,第1審原告がD業務をする際の点数を「1.0」と表記されている点については,第1審被告が主張するように専従させることを意味すると認めるべきものである。)」

イ 長期欠勤
(2) 同頁9行目の「9月」の次に「3日に診断書を提出して休暇の手続を取り,同月」を,同頁24行目の「甲13」の次に「の1ないし9」をそれぞれ加える。

ウ 平成14年5月の職場復帰に向けた対応
25(1) 41頁1行目の「甲92」の次に「の2」を加え,同頁11行目の「(甲112)」を削る。
(2) 同頁12行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「この際に,第1審原告は,F課長に対する不信感と職場への違和感を覚えた(甲112,乙12)。しかし,F課長が,第1審原告に対し,「ずっと席に座っているつもりか」等と述べて,第1審原告を不安に陥らせたなどの事情を認めるに足りる証拠はない。」

(6) 本件解雇に至る経緯
ウ 本件解雇
(3) 同頁24行目の「当たりって」を「当たって」に,同頁26行目及び42頁2行目の各「職場復帰」を「現在の病状」にそれぞれ改める。
26(1) 43頁3行目の「重ねて」の次に「同月7日付け」を加える。
(2) 同頁10行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「(ウ) なお,本件解雇に至る経緯において,第1審原告が主張するように,第1審被告が労災隠しを行おうとしたこと,労災申請について誤った情報を与えたことを認めるに足りる証拠はない。」

(7)精神障害についての医学的知見等
(3) 同頁16行目から同頁17行目の「186」を「25,186,188」に改め,同頁19行目の「甲」の次に「125,」を加え,同行目の「IV」を「Ⅳ」に改め,同頁25行目の「されている」の次に「(甲188)」を加え,同頁26行目の各「IV」を「Ⅳ」に改め,同行目の「適応障害は」の次に「,」を加える。
27 44頁12行目の「診断でき,」から同頁13行目の末尾までを「診断した。」に,同頁16行目及び同頁19行目の各「IV」を「Ⅳ」にそれぞれ改める。
28 45頁21行目の「睡眠時間が確保されなかった例の約4割が」を「十分な睡眠時間が確保されなかった例が約4割みられ,そのうち半数近くが」に,同頁26行目の「監督長」を「局長」にそれぞれ改める。
29 46頁17行目の「ついては」を「当たっては」に,同頁18行目の「別表」を「原判決別紙4の別表1」に,同頁22行目の「別表」を「上記別表」に,同頁26行目の「,及び」を「及び」にそれぞれ改める。
30(1) 47頁13行目の「通達」を「通知」に改め,同頁15行目の「甲166」の次に「。以下「平成14年通達」という。」を加える。
(2) 同頁22行目の冒頭から48頁3行目の末尾までを次のとおり改める。
「 なお,同通知は,「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年労働省告示第154号)により廃止された「労働基準法第36条の協定において定められる1日を超える一定の期間についての延長することができる時間に関する指針」(昭和57年労働省告示第69号,平成4年労働省告示第70号により改正。甲164)によって,従前から,36協定において労使が遵守しなければならない時間外労働時間の限度を1か月45時間とする旨規制していたところを,改めて確認したものである。」
31 48頁17行目の「労働者の」の次に「心の」を,同頁25行目の「…から」の次に「,」を,同頁26行目の「スタッフ」の次に「等」をそれぞれ加える。
32(1) 49頁3行目の冒頭から同頁5行目の末尾までを次のとおり改める。
「 長時間労働とストレス強度の研究において,あるストレスドックの受検者集団の分析によれば,全体では平均残業時間が「60時間以上」は,「残業時間なし」,「10時間未満」に比べて大きな有意差を認めたとする。しかし,この結果を通常の健常者集団の個人に無条件に当てはめたり,一般化することは妥当とはいえない。また,60時間を超える時間自体が,精神疾患の原因となることはなく,疾患を促進する因子になると考えられる(甲180,乙27)。」
(2) 同頁25行目の「発病」の次に「と発病」を加える。

2 争点に対する判断 
(1)争点1について
ア 労働基準法19条1項の「業務上の意義」

33(1) 51頁1行目の冒頭から同頁4行目の末尾までを次のとおり改める。
「とするのが相当である。そうすると,発症と業務との間に相当因果関係が存在するというためには,当該労働者の担当業務に関連して精神障害を発病させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在することが客観的に認められる必要があるのであり,当該労働者と同種の職種において通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平  均的労働者を基準として,労働時間,仕事の質及び責任の程度等が荷重であるために当該精神障害が発病させられ得る程度に強度の心理的負荷となっている場合に,そのような十分な強度を有する精神的負担ないしストレスがあると判断すべきものであり,ここでいう平均的労働者とは,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が決まり,ストレスが強ければ個体側の反応性,脆弱性は小さくても精神障害を発症し,逆に脆弱性が大きければストレスが小さくても発症するとし,現在の医学的知見により広く支持されているストレス-脆弱性理論を踏まえると,ある程度幅のあるものとならざるを得ないのであって,平均的労働者として通常想定される範囲内にある同種の労働者集団の中の最も脆弱である者を基準とすべきものと考える。
したがって,労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは,上記の見地から見たときに,その疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められ,もって当該業務と相当因果関係にあるものというと解する。」

イ 原告の疾患と発症時期
 (2) 同頁6行目の「H神経科クリニックのS医師の意見(1(7)イ),」を削り,同頁10行目の「IV」を「Ⅳ」に改める。
34(1) 52頁2行目の「IV」を「Ⅳ」に,同頁5行目から同頁6行目にかけての「H神経科クリニックのS医師の意見(1(7)イ),」を削り,同頁11行目の「IV」を「Ⅳ」に,同頁14行目の「11」を「12」に,同頁15行目の「勤務表(タイムカード)(乙1)」を「本件勤務表」にそれぞれ改める。

ウ 原告の平成12年11月から平成13年4月までの就労時間
(2) 同頁18行目の冒頭から53頁2行目の「また,」までを,次のとおり改める。
「 そして,本件勤務表について,第1審原告は,深谷工場で勤務していた当時に,第1審原告が作成したものではなく,AQUAシステム所定の手続に従って作成されたものでもない(フォーマットも異なり,第1審原告の押印  もない。)として,本件勤務表の記載内容が第1審原告の労働実態を反映するものではない旨主張し,それに沿う供述をするが,証拠(甲83の1ないし30,105,乙34)によれば,本件勤務表は,第1審被告のAQUAシステムに従って作成された正規の勤務表と認められる。
もっとも,本件勤務表の記載内容が,第1審原告の労働実態を正確に反映しているかは別途の検討を要する。この点,第1審被告は,本件勤務表の記載内容が正確であることを主張し,それに沿う証拠として,第1審原告の主張するようなサービス残業はない旨の記載がある陳述書(乙4,5,34,35の1ないし8)を提出するなどしている。しかし,」
35(1) 53頁9行目の「及び原告の」を「,123及び第1審原告の業務量に関する」に改める。
(2)同頁12行目の「この点も」を次のとおり改める。
「本件勤務表の記載内容が正確に第1審原告の労働実態を反映しているとする第1審被告の主張は採用することができない。なお,第1審被告は,原則1人1台を貸与しているが,パスワードによる管理を行っていなかったことから,第1審原告のパソコンを他人が操作した可能性があるし,実際に他人が作成したファイルをコピーしたもので第1審原告自身が保存したデータでないものも含まれている旨も主張する。しかし,第1審原告は,原審準備書面(3)及び(4)においてそのようなデータを選別し排除した上で主張していることが窺われるだけでなく,そもそも関係者の供述ないし陳述記載によれば,第1審原告が深夜まで業務をしていたことが認められること(甲106,110,122,123,証人F,第1審原告)にかんがみると,第1審被告の主張は理由がない。
かえって,証拠(甲101,103,122,123,159,160,199,200の1ないし4,239の1ないし5,第1審原告,弁論の全趣旨)によれば,第1審被告は従業員に多大な時間外労働をサービス残業と  してさせており,時間外労働をした第1審原告ら従業員は,そのあらかじめ申請していた時間外労働時間数を超えて就労した場合でも,勤務表に実際に従事した時間外労働時間数をありのままに記載することはなかったことが認められる。
そこで,本件勤務表を修正することが必要となるところ,少なくとも,第1審原告は,午後9時ころまでに帰宅することができる日には,午後6時台の休憩時間は取っていなかったし,午後10時台の休憩時間も取っていなかったのである(前記1(2)ウ)から,この点を考慮して勤務表記載の就労時間を修正することが合理的である。
    また,上記の第1審原告によるパソコンの利用状況も」
36(1) 54頁9行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「また,第1審原告は,朝会に出席するために相当日数を午前8時までに出勤していたことが認められるが,その具体的な日付及び日数を確定するに足りる証拠はないので,この点から原判決別紙5の就労時間を修正することはしない。」

エ 原告の平成12年11月から平成13年4月までの就労実態
 (2) 同頁19行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「このことは,トラブルに対し第1次的な対処を担ったのが装置の納入業者である東京エレクトロンであったとしても,同社との対応は第1審原告が担っており,そのための業務量の増大はあったのであり,第1審原告に相応の負荷がかかったことを否定することにはならない。」
(3) 同頁20行目の「「垂直立上げ」」から,同頁21行目から同頁22行目にかけての「異なり,」までを次のとおり改める。
「M1ラインの立上げと同様に「垂直立上げ」という標語で表される短期計画であり,同様にポリシリコン液晶の生産をしていた点等で経験の蓄積があったという事情はあったが,M1ラインとは異なる点として,」
(4) 同頁24行目の「など,」を次のとおり改める。
「ものであった上,様々なドライエッチング工程自体におけるトラブルがあったことや,成膜工程のトラブルの影響によるドライエッチング工程での作業期間が圧縮されてしまうといった事態も生じるなどし,さらには,」
(5) 同頁26行目の「される」の次に「に至る」を加える。
37(1) 55頁2行目の「そして,」を「加えて,」に改める。
(2) 同頁7行目の「受ける」から同頁9行目の「そして,」までを次のとおり改める。
「受け,また,立ち上げた装置を製造部に引き渡すについて必要な書類作成等の作業も平行して行うなど(前記1(3)エ(ウ),オ(ウ)及び(エ)。なお,上司による叱責の原因が必ずしも第1審原告にないわけではないが,上司において,コミュニケーションを取る方法として厳しく叱責する必要性があったとはいえない。),新たな負担が増加していた。
そのため,」
(3) 同頁12行目の「いたのである」の次に,次のとおり加える。
「が,上司において,第1審原告に対し,具体的な支援をしたことは認めることができない」
(4) 同頁14行目の「質的にみても,」を次のとおり改める。
「社会通念上,質的に見て,相当程度の強度なものであって,」
38(1) 56頁8行目の「ならなくなり,」の次に「初めてリーダーとなった」を加える。

オ 原告の個体側要因
(2)同頁16行目の冒頭から同頁17行目の末尾までを次のとおり改める。
「 第1審原告は,前記1(1)ウ,(3)ウ(オ)のとおり,入社後,慢性的にひどい生理痛を抱えていたことが窺われ,平成12年6月には,慢性頭痛(筋収縮性頭痛)との診断名で,抑鬱,睡眠障害にも適応のあるデパス錠,神経症における抑鬱に適応のあるセルシン錠の処方を受けていること,同年12月には,第1審原告の頭痛,不眠(寝付きが悪く,朝早く目が醒める。),仕事の途中で車酔いしたような感じが出たりするとの主訴に基づき,神経症と診断され,デパス錠の処方を受けているが,それを除いて,精神疾患の既往歴はなく,家族にも精神疾患を発症した者はいない。他にも,上記事情以外,第1審原告の生活史(社会的適応状況),アルコール摂取状況,性格傾向において,本件鬱病の発病につき第1審原告の個体側要因として具体的に指摘し得るものはない。
また,第1審原告については,第1審被告における入社以来の経歴,第1審被告から平成12年度の賞与について良好の評価を受け,M2ライン立上げプロジェクトにおいてリーダーに任命される処遇を受けたことから窺われる第1審被告における勤務内容,前記1(1)イのような上司及び同僚の評価にかんがみると,第1審原告が本件鬱病の発病時に就いていた職種において,通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者の範囲内から逸脱するような脆弱性があったと認めることはできない。第1審原告は,上記の平均的な労働者の範囲内にあったものと優に認められる。」

カ まとめ
(3) 同頁26行目の冒頭から57頁3行目の末尾までを次のとおり改める。
 「 一方,第1審原告は,平成12年6月に慢性頭痛の診断名により神経症における抑鬱に適応のあるセルシン錠の処方を受け,同年12月には神経症と診断されるなどしていることにかんがみると,第1審原告にある程度の個体側の脆弱性が存在したものと認めざるを得ず,上記の第1審原告の神経症が第1審原告の本件鬱病の発病に何らかの影響を与えた可能性は否定できないが,さりとて,このような神経症のみで本件鬱病に発展したとは認めるに足りる証拠がなく,また,それを除いて精神疾患の既往歴はなく,家族にも精神疾患を発症した者はいないことや,上記認定に係る業務内容とを総合考慮したとき,第1審原告の個体側の脆弱性が,発病の原因として業務よりも重い意味を持ったとまで認めることはできない。
また,他に,第1審原告につき業務よりも重い意味を持った本件鬱病を発病させる個体側要因ないし業務外の要因があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,第1審原告が本件鬱病を発病したことについて,業務起因性を認定することを妨げるに足りる要因があったことは認められないことになる。」
39(1) 57頁12行目の「治ゆ」を「寛解」に改める。
(2) 同頁14行目の冒頭から同頁16行目の「必ずしもなく,」までを次のとおり改める。
「しかし,個別の労働者が与えられた業務により鬱病を発病した場合において業務起因性を認めるためには,その与えられた業務が当該労働者に鬱病を発病させる程度に過重な業務であるとともに,当該労働者と同様の職種において通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者の範囲内にある労働者のうち,最も脆弱な性格傾向のある者についても発病させる程度に過重な業務であると認められれば足りるのであって,一般の平均的な労働者ないし上記平均的労働者の範囲内にある者の多くについて,鬱病を発症させる程度までに過重な業務であることが認められる必要はないし,第1審被告が主張するような「特に過重な業務」である必要は必ずしもない。」
(3) 同頁21行目の「なお,」から同行目の末尾までを次のとおり改める。
「,また,M2ライン立上げプロジェクトないし第1審原告がリーダーとなったドライエッチング工程プロジェクトに関与したT及びUなどの関係者に精神障害を発症した者がいないことも,なお業務起因性を認めることを妨げるものではない。
また,第1審原告の本件鬱病が長期にわたって寛解していないところ,確かに,精神医学上,鬱病は一般的には6か月から1年程度の治療で寛解する例が多いことは認められるが(乙36,37,43,44),例外的な症例  の存在は否定されていないだけでなく,発病後の経過は,適切な治療を受けているかどうかや,患者本人の治療意欲等に左右されることも明らかであり,本件では,第1審原告には,平成16年1月28日にH神経科クリニックが認めた「paranoish・闘争的・不安や不眠の治療を求めているのではなく,仕返しするための病気の認定を求めている感じ」(甲112・36頁)といった鬱病心性(乙38)が出現するなどした上,本件裁判や労災認定の裁判(東京地方裁判所平成19年(行ウ)第456号〔甲209の1〕)における係争を続ける中で,裁判による新たな精神的負荷が鬱病心性に結び付いて,症状の改善を見ずにいる可能性も考えられる。そうすると,第1審被告の主張する長期にわたり寛解状態に至らないことは,本件鬱病の存在と本件鬱病の業務起因性それら自体を否定するものとはならない。」

(2)争点2について
40(1) 58頁7行目の「判決・民集54巻3号」を「第2小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照」に,同頁8行目の「イ」を「イ(ア)」にそれぞれ改める。
  (2) 同頁17行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「この点,第1審被告は,第1審原告が医療機関において診療を受けていることを産業医等に告げていなかったために,産業医において第1審原告の健康状態につき危惧の念を抱き得る状況にはなく,本件鬱病の発病についての予見可能性がなかった旨主張するが,むしろ第1審被告の産業医としては,上記の問診結果を受けて,第1審原告に対するより詳細な診察を実施するなどして,第1審原告の健康状態に問題がないことを確認すべき債務があったものというべきであり,第1審被告の主張は採用することができない。」
(3) 同頁18行目の「してみると,」を「このような状況の下では,」に改める。
(4) 同頁21行目の末尾の次に,次のとおり加える。
「なお,上記「時間外超過者健康診断」における第1審原告の主訴の内容や問診結果をF課長が知らなかったとしても,それは第1審被告内部における連携ないし連絡の不十分さを意味するにすぎず,上記注意義務の存在を否定するものとはならない。」
(5) 同頁22行目の「ウ にもかかわらず,」を「ウ(ア) しかるに,」に,同頁25行目の「併任させ,」を「併任させた上,特に負荷のかかる承認会議を担当させ,」にそれぞれ改める。
41(1) 59頁1行目の「陥らせた」の次に,次のとおり加える。
「(第1審被告は,上記減員をM2ラインの仕事量が減少したためである旨説明するが,M2ラインの稼働を中止することやそのための配置転換であることは第1審原告らに説明されていない上,第1審原告には新規の仕事が与えられたのであるから,第1審原告の業務量の軽減には,物理的にも心理的にも繋がっていないと見るのが相当である。)」
(2) 同頁2行目の冒頭から同頁15行目の末尾までを次のとおり改める。
「(イ) 第1審原告の上記長期の休暇は,第1審原告が頭痛という体調不良を理由に長期間の休暇を取り,重要な承認会議を欠席したこと,このような事態は,それまでの第1審原告のありようとしては考えられないような出来事であってF課長もどうしたのかという認識を持つようなものであった。しかも,第1審原告は,同年6月上旬に職場復帰した後,反射製品開発業務の担当ができないとしたり,その業務内容の限定を求めたりする申出をし,さらに,同僚のTから見ても,第1審原告が疲れ気味であったことが窺われた。
このような状況の下では,F課長においては,前記認定のように第1審原告から体調不良を明示した訴えがなかったとしても,第1審原告の申出に対し,その理由の詳細を適切に聴取し,場合によっては産業医の意見を聞<などしながら,第1審原告の申出に係る業務の軽減を図るべきであった。F課長は,第1審原告からH神経科クリニックヘの通院の事実を伝えられなかったことを残念であるというが,前記認定のとおり,一旦与えられた仕事に関しては真面目に取り組むと評価されていた第1審原告が,ボリュームを理由としてではあるが,指示された仕事を拒否するような事態は通常ではないのであり,そのことは,上司のF課長において,当然に看取すべき事態であったともいうべきである。
しかるに,F課長は,第1審原告の業務軽減を求める申出について,その理由の詳細を適切に聴取することもなく,漫然と,第1審原告の業務軽減をしない状態を継続した。
(ウ) また,第1審被告は,産業医を介し,同年6月に行われた時間外超過者健康診断や定期健康診断の機会を通じて,第1審原告の自覚症状の変化(ストレス感,抑鬱気分,自信喪失)に気づくことができた。
このような状況の下では,第1審被告の産業医は,F課長に対し,第1審原告の就労状況を問い合わせるなどした上,F課長及び産業医が第1審原告の聴取を行いながら検討を加え,第1審原告の業務負担を軽減するなどの措置を講ずるべきであった。
しかるに,第1審被告においては,そのような連絡調整は行われず,第1審原告の労務を軽減するどころか,かえって同年7月に「半透過製品」の承認に必要な会議の提案責任者として当たらせ,短期間のうちに会議出席,資料・データ作成に当たらせた(なお,F課長は,前記のとおり,P-DATには難易度によるランクがあり,第1審原告の担当したものは難易度中等のものであって,負荷のないものと主張するが,既に本件鬱病を発生している第1審原告に大きな負荷となったことを左右する事情ではない。)。その後,第1審原告は,体調を崩し,業務に集中することができず,放心状態でいることも見られるようになった。
(エ) そうすると,第1審原告が平成13年4月に本件鬱病を発病し,同年8月ころまでにその症状が増悪していったのは,第1審被告が,第1審原告において,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積して心身の健康を損なうおそれのあること及び既に損なっていた健康を更に悪化させるおそれのあることを具体的客観的に予見可能であったにもかかわらず,第1審原告の業務量を適切に調整して心身の健康を損なうことや更なる悪化をたどることがないような配慮をしなかったという不法行為によるものであるとともに,雇用契約上の安全配慮義務に違反する債務不履行によるものであったともいうことができる。そこで,当裁判所も,原判決と同様に,基本的に,債務不履行である安全配慮義務違反による損害賠償請求権及びこれに対する遅延損害金請求権の存否について検討する。ただし,安全配慮義務違反による損害賠償債務は期限の定めのない債務であるところ,第1審原告において訴状送達の日以降の遅延損害金の支払を請求していることから,訴状送達の日から平成16年12月6日付け訴状訂正申立  書及び平成19年9月21日付け請求の趣旨原因変更申立書の各送達までの間の遅延損害金の支払を求める部分については,不法行為による損害賠償請求権に係る遅延損害金請求権の存否について検討すべきことになる。」

(3)争点3について
ア 原告の賃金請求権(基本的主張)

42(1) 60頁10行目の「証拠」から同頁11行目の「全趣旨によれば,」までを「前記第2の1(3)アのとおり,」に改める。
(2) 同頁13行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「この点,第1審被告は,本件の第1審原告のように労働者が労務提供の能力及び意思を有していない場合には,民法536条2項の適用により賃金の支払を請求することができない旨主張するが,雇用契約上の賃金請求権について同条項の適用を排除する明文規定はなく,債権者である使用者の責めに帰すべき事由により債務者である労働者が債務の履行として労務の提供をすることができなくなる場合には,同条項の適用があるものと解すべきである。 そして,労務の提供をすることができなくなる事態には,労働者の労務提供の意思を形成し得なくする場合も,労務提供の能力を奪う場合もあり得るのであるから,労働者において労務提供の意思を有していなくとも,それが労務提供の意思形成の可能性がありながら,当該労務者の判断により労務の不提供を判断したなどの特段の場合であればともかく,使用者の責めに帰すべき事由により労働者が労務提供の意思を形成し得なくなった場合には,当然に同条項の適用があるものと解すべきであって,業務上の疾病として本件鬱病を羅患した第1審原告の状況は,使用者の責めに帰すべき事由により労働者が労務提供の意思を形成し得なくなった場合に当たる。第1審被告は,第1審原告が業務上発病した鬱病であるとすれば不合理に治療が長引いている旨主張するが,そのことから,第1審原告において,労務提供の意思を形成することができるにもかかわらず,労務提供をしようとしないものと認めることはできず,他にそのような事実を認めるに足りる証拠もない。
また,第1審被告は,使用者は,労災事故が起きたときには労災保険から損害を填補させる目的で労災保険料を負担していたにもかかわらず,本来,民事賠償責任額から控除することができる労災保険給付金が支給されずに損害額の減縮が認められないという不合理に陥る旨主張する。しかし,労基法及び労災保険法上の「休業補償」の趣旨は,労働者が業務上の疾病等による労務提供不能の状態に陥った場合について,それは企業の営利活動に伴う現象であるから企業活動によって利益を得ている使用者に損害の填補を行わせ労働者を保護することが相当であるとの見地から,労働者の最低生活を保障するため,使用者に帰責事由がない場合であっても,平均賃金の6割に当たる部分の支払を,罰則により担保しながら,使用者に義務付けるとともに,労働者の保護を十全なものとするために労災保険制度による補償も合わせて定めたものであると解される。このような制度目的に照らすと,使用者に帰責事由がある業務上の疾病等による労務提供不能の場合に,労基法ないし労災保険法によって,民法536条2項の適用を排除し,雇用契約の継続を否定しなければならないと解すべき合理性はなく,第1審被告の指摘する使用者の不利益があるとしても,雇用契約の継続を否定し,同条項の適用が排除されるとの解釈をすべき理由とはならないというべきである。そして,労働者につき同条項の適用により賃金請求権が認められる場合には,労災保険法14条1項は,休業補償給付の要件として,労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けないことを規定していることから,使用者において未払賃金を受領したときに,労働者が受領済みの休業補償給付金は,法律上の原因を欠く不当利得であったことが確定するにすぎない。
ところで,第1審原告の本件貸金請求は,本件判決確定後における将来の給付請求を含んでいるところ,第1審原告の主張する第1審被告の応訴態度を考慮しても,本件判決の確定後になお賃金に係る紛争が収束することなく続くものとは認められないのであり,あらかじめ将来請求をしておく必要性を肯定することはできない。したがって,本判決確定後における将来の給付請求については,訴えの利益を欠く不適法なものである。」

イ 原告の請求できる賃金額
(3) 同頁17行目の冒頭から61頁7行目の末尾までを次のとおり改める。
「いる旨主張する。
しかし,貸金の額を算出するに当たり,時間外労働賃金及び賞与に相当する金額を算入することはできないと考える。そもそも,時間外労働賃金は,労働者が時間外労働を行った対価として給付されるものであり,給与規則25条1項でも「期間外勤務」をしたときに支給される旨規定されており,しかも,時間外労働は,使用者がこれを命ずることを不可欠の前提とするのであるところ,本件においては,第1審原告が貸金の支払請求をする期間に,第1審被告がこのような時間外労働を命じたことはなく,第1審原告において時間外勤務をしたこともない。しかも,第1審被告において,現に本件鬱病に羅患し治療中の第1審原告に対して時間外労働の業務命令を発することは,事実としてできないし,仮に発令すれば安全配慮義務違反になるのであるから,これを承知で業務命令を発することを期待するのも相当ではない。
また,第1審被告による賞与の支給は,給与規則41条2項により,「事業年度の当該半期間の実勤務」が要件として定められており,同規則に従って,第1審被告が査定することにより具体的な権利として賞与の支払請求権が成立するものである。そうすると,第1審原告において,賃金として,時間外労働賃金及び賞与それ自体の支払を求めることは理由がないものといわざるを得ない。
この点,第1審原告は,上記のような賃金の算出をすることは,クリーンハンドの原則に反すると主張するが,時間外労働賃金や賞与の支払要件を欠く以上,これらが賃金額に考慮されないのは当然のことであり,クリーンハンドの原則をいう第1審原告の主張は失当である。
以上を踏まえれば,第1審原告は,第1審被告に対し,以下のとおり,平成13年9月分から平成16年8月分まで,平成12年の年収額568万5983円から時間外労働賃金90万9783円及び賞与154万円を控除した323万6200円を基礎として算出した3年分合計970万8600円の未払賃金請求権,平成16年10月(同年9月分)から本判決確定の日までの月額26万9683円の賃金請求権を有することになる。
なお,労基法24条1項本文が賃金の全額支払を使用者に対し義務付けていることにかんがみると,貸金の支払請求につき,過失相殺ないしその類推適用を認めることはできないと解される。また,第1審原告は,平成13年9月分から平成16年8月分までの賃金に関し,東芝健康保険組合から傷病手当金等,労働基準監督署から休業補償給付等を受領しているが,同条項の適用以前に,これらの給付は賃金を填補する関係にないから,第1審原告がこれらの給付を受領していることをもって,第1審被告が支払うべき貸金の額を減額すべきことにはならない。そして,東芝健康保険組合や労働基準監督署との関係において不当利得が発生するとしても,その不当利得は損失を受けた東芝健康保険組合や労働基準監督署との関係において清算すれば足りることであるから,第1審原告の賃金請求が信義則に反するとする第1審被告の主張は,理由がない。」

ウ 原告の休業損害(選択的主張)
(ア)休業損害の基本となる額

43(1) 61頁8行目の「ウ」を「エ」に改め,同頁7行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「ウ そこで,第1審原告が選択的に請求する安全配慮義務違反による債務不  履行又は不法行為に基づく休業損害について検討する 
(ア) 休業損害の基本となる額
前示のとおり,平成12年の年収額568万5983円には,時間外労働賃金90万9783円及び賞与154万円が含まれており,第1審被告は,時間外労働賃金及び賞与の額を反映させるべきではない旨主張する。
まず,賞与相当額について見るに,第1審被告における平成12年当   時の賞与は,第1審原告の有する資格を前提とすると,抜群,優秀,良好,要努力の4つの考課区分からなり,従業員の考課は各部署における相対評価に基づいて決定されていたところ,各区分の考課分布率は,抜群が5%,優秀が20%,良好が65%,要努力が10%であった(弁論の全趣旨)。そして,第1審原告は,平成12年上期及び下期の考課区分がいずれも良好であったこと,第1審被告によりリーダーの地位を与えられたことを考慮すると,本件鬱病に篠患しなければ,従前どおり,   賞与の考課区分上,良好の考課を受ける程度には稼働することができたものと推認するのが相当である。
次に,時間外労働貸金相当額について見るに,第1審被告は,安全配慮義務に反することなく第1審原告に時間外労働をさせることはできないのであるから,第1審原告が時間外労働することはなく,時間外労働賃金を請求することはできない旨主張するが,本件鬱病を発病する要因ともなった第1審原告の平成12年12月から平成13年4月までの間の実労働時間等は原判決別紙6記載のとおりであるところ,その稼働時間数や平成14年通達の趣旨及び内容に照らして,第1審原告が,1月当たり45時間の法定時間外労働をするとしても,鬱病発病の危険はないものと考えられる(仮に,この程度で第1審原告が精神的疾患を発病する危険性があるというのであれば,上記のような第1審原告の時間外労働を許してきた第1審被告の労務管理体制に照らし,第1審原告は本件鬱病を発病する以前に,何らかの精神的疾患を発病していた可能性を否めない。)。そして,第1審原告の時間外労働貸金は1時間当たり2288円である(争いがない事実)ところ,1月当たり45時間の法定時間外労働に係る賃金は,1か月当たり10万2960円,年間123万5520円となり,平成12年の年収に占める時間外労働賃金の額を上回ることになる。
そうすると,第1審原告は,平成13年9月分以降も,平成12年の年収額568万5983円と同程度の収入を上げることができたものと認めるのが相当である。したがって,第1審原告は,第1審被告に対し,以下のとおり,平成13年9月分から平成16年8月分まで,平成12年の年収額568万5983円を基礎として算出した3年分合計1705万7949円の未払休業損害金,平成16年10月(同年9月分)から本判決確定の日までの月額47万3831円の休業損害金の支払を請求することができることとなる。
なお,同年10月(同年9月分)以降の休業損害金の終期については,前記(3)アとおり,本件判決確定の日までとすべきであり,本件においては終期を定めずに将来請求することができる旨の第1審原告の主張は,理由がない。

(イ) 過失相殺及び素因減額
第1審被告は,第1審原告において,前記認定のとおり,平成12年12月13日及び平成13年4月11日にH神経科クリニックを受診し,上記12月の診療では神経症と診断されデパス錠の処方を受け,上記4月の診療では,受診,不眠,焦燥感,不安感,抑鬱気分を訴えるなどしていたのであるから,このことを第1審被告の産業医や上司に申告しなかったことが,第1審被告において,本件鬱病の発病を回避する措置をとり,又は増悪の防止措置をとる機会を失わせる一因となったとして,過失相殺すべきことを主張する。第1審原告が上記の現実に生じている体調不良を申告しなかったことは,診断に係る病名・処方された処方薬,主訴に係る症状から見て,第1審被告が申告を受ければ第1審原告の業務量を軽減したものと考えられる。そうすると,第1審原告の対応は,第1審被告において,本件鬱病の発病を回避したり,発病後の増悪を防止する措置をとる機会を失わせる一因となったといわざるを得ない。この点,確かに,労働者として,使用者による自らに対する考課に影響を与えかねない申告であることは否めないが,損害の公平な分担という見地から見れば,過失相殺をすべき事情であるといわざるを得ない。
また,前記認定のとおり,第1審原告は,入社後,慢性的にひどい生理痛を抱えていたことが窺われ,平成12年6月ないし7月には・慢性頭痛(筋収縮性頭痛)との診断名で,抑鬱,睡眠障害にも適応のあるデパス錠,神経症における抑鬱に適応のあるセルシン錠の処方を受けていること,同年12月には,第1審原告の頭痛,不眠(寝付きが悪く,朝早く目が醒める。),仕事の途中で車酔いしたような感じが出たりするとの主訴に基づき,神経症と診断され,デパス錠の処方を受けていたことに加え,精神医学上,一般的には6か月から1年程度の治療により治癒する例が多く,精神疾患が寛解するまでの期間に個人差があることを考慮しても,業務が精神疾患の原因であり,その業務を離れて治療を続けながら9年を超えて,なお寛解に至らないという事態を併せ考慮すると,本件鬱病の発病及びその後の寛解に至らない状態については,本件鬱病の発病につき業務起因性の認定を妨げるほどに重いものではないが,業務外にも発病を促進した因子又は寛解を妨げる因子が存在するという個体側の脆弱性が存在したものと推認せざるを得ない。この点,第1審原告は,前掲の最高裁判所平成12年判決を引用し,本件における素因減額を否定すべきものとするが,上記の第1審原告側の事情の考慮は,第1審原告の性格を取り上げるものではないし,頭痛や生理痛自体を取り上げるものでもないのであって,第1審原告の主張は理由がない。
上記の本件鬱病の発病及びその増悪に寄与した諸事情は,民法418条(及び722条2項)の定める過失相殺に当たりしん酌すべき事情又は上記の規定を類推適用して斟酌すべき心因的な事情であり,これらの諸事情をしん酌し,第1審被告において賠償すべき損害の額を全損害額の8割と認めるのが相当である。
そうすると,第1審原告は,第1審被告に対し,上記の平成13年9月分から平成16年8月分までの合計1705万7949円の未払休業損害金,平成16年10月(同年9月分)から本判決確定の日までの月額47万3831円の休業損害金につき,過失相殺及び素因減額をした後の1364万6359円及び月額37万9064円を請求することができることになる。」

エ 休業損害以外の損害
(エ)慰謝料

(2) 同頁9行目の傾害は,」の次に「上記ウの休業損害を除くと,」を加える。
(3) 同頁24行目の「慰謝料としては,」から62頁6行目の末尾までを次のとおり改める。
「慰謝料としては,本件口頭弁論期日の終結に至るまで第1審原告の本件鬱病が寛解したことを示す証拠が提出されておらず,平成13年9月以降,既に9年6か月の療養を続けていること,本件鬱病を発病するまでの平成12年12月から平成13年4月までの間に,第1審被告が第1審原告に従事させた業務内容や,本件鬱病の発病から同年8月までの第1審被告による対応内容は,前記の心因的な素因としてしん酌したような脆弱性を有する第1審原告に対して要する安全配慮を欠く過重な業務,不当な対応であったこと,他方において,本件解雇が無効であることにより貸金ないし賃金相当の損害金が支払われること,第1審被告の平成13年8月下旬以降の対応については安全配慮義務違反があるとはいえず,むしろ,第1審被告は,打切補償を支払うことによる解雇(労基法81条,19条1項)をすることもなく,復職後の職場に考慮を払うなど相応の努力をしながら,第1審原告の復職を待つ対応を取り続けるなどしていたこと等の事情を総合考慮し,400万円と認めるのが相当である。この点,第1審原告は,第1審被告において,嫌がらせないしパワー・ハラスメントともいうべき対応を取り,労災隠しや労災申請についての誤った情報の提供をした旨主張するが,そのような嫌がらせないしパワー・ハラスメントや労災隠し等の事実が認められないことは前記の  とおりである。
44(1) 62頁7行目の「(オ)」を「(カ)」に改め,同頁6行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「(オ) 上記(ア)から(エ)までの損害額の合計は443万4000円(治療費17万3500円,診断書作成料5万6200円,交通費20万4300円,慰謝料400万円)であるところ,前記ウ(イ)と同様に,ここでも第1審原告の損害につき,過失相殺及び過失相殺の規定の類推適用により第1審原告側の事情を斟酌し,8割相当の354万7200円(治療費13万8800円,診断書作成料4万4960円,交通費16万3400円,慰謝料320万円)をもって,第1審被告が賠償すべき損害額と認める。」
(2) 同頁8行目の「80万円」を「130万円」に改める。

オ 損益相殺
(3) 同頁9行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。
「オ 損益相殺
(ア) 第1審原告は,労災保険に基づき,平成14年9月8日以降,1日当たり,労災保険法12条の8第1項2号,14条に基づく休業補償給付金9711円及び労働者災害補償保険特別支給金支給規則に基づく特別支給金3237円を受領している。また,東芝健康保険組合から,医療費44万5578円,現金給付(傷病手当金,傷病手当付加金,延長付加金)1030万87982円を受領し,その後,医療費の全額と現金給付の一部662万9950円を東芝健康保険組合に対して返戻し,残額367万8848円を保持している。ただし,第1審原告の保持する金額における傷病手当金と付加金との割合は証拠上不明である(甲228,229,弁論の全趣旨)。
(イ) 労災保険法12条の8第1項2号,14条に基づく休業補償給付については,逸失利益である休業損害金と相互補完性を有する関係にあるといえるから,その受領額を損害額から控除することになる。そうすると,上記受領額を控除した後の第1審被告が支払うべき休業損害金は,平成14年9月8日以降,基礎年収額568万5983円から過失相殺及び素因減額をした8割相当額454万8786円を基礎とし,これから1日当たり9711円の休業補償給付金の年間分354万4515円を控除した100万4271円(=4,548,786円-9,711円×365日)が第1審被告において負担すべき年間の休業損害金となる。したがって,休業補償給付金を受給していない平成13年9月分から平成14年9月7日までの1年分については454万8786円,受給開始後の同月8日から平成16年8月分までの2年7日分については202万7801円(=1,004,271円×2年+1,004,271円/365日×7日),同年10月(同年9月分)から本判決確定の日までの月額が8万3689円(=1,004,271円/12月)となる。
なお,特別支給金は,労働者災害補償保険特別支給金支給規則1条の 規定により明らかなように,労働福祉事業の一環として,被災労働者の療養生活所の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであって,被災労働者の損害を填補する性質を有するとはいえないから,労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできない。
(ウ) 第1審原告は,東芝健康保険組合から給付された傷病手当金,傷病手当付加金及び延長付加金(以下「疾病手当金等」という。)のうち367万8848円を返還せずに保持している。そして,この疾病手当金等は,療養のため就業できない場合に欠勤4日目から1年6か月間は,傷病手当金及び傷病手当付加金として1日当たり標準報酬日額の80%,次の6ヶ月間は延長傷病手当金として1日当たり標準報酬日額の60%,その後の6か月間は延長傷痛手当金として1日当たり標準報酬日額の40%が支給されるものであり,このような制度の設計,第一審原告自身もその年収額から疾病手当金等の受給額を控除した金額をもって損害額として主張していたこと(原審「訴状」及び「訴状訂正申立書」),休業補償給付等の支給により東芝健康保険組合に返還すべきこととなる関係にかんがみると,傷病手当金等は労災保険法上の休業補償給付に対応しているものと推認されるから,傷病手当金等については,休業損害金から損益相殺的に控除するのが相当である。そうすると,休業補償給付金を受給していない平成13年9月分から平成14年9月7日までの1年分に係る第1審被告が負担すべき休業損害金は,上記454万8786円から第1審原告が保持する上記367万8848円を控除した86万9938円となる。
(エ) そこで,第1審被告が最終的に支払うべき損益相殺後の休業損害金の金額を見ると,平成13年9月分から平成16年8月分までの合計289万7739円(=869,938円+2,027,801円)の未払休業損害金,同年10月(同年9月分)から本判決確定の日までの月額8万3689円の休業損害金となる。そして,この休業損害金の金額は,選択的に請求されている賃金請求について認容すべき平成13年9月分から平成16年8月分までの合計970万8600円の未払賃金,同年10月(同年9月分)から本判決確定の日までの月額26万9683円の賃金額を下回るものとなる。

カ 補足
 なお念のため,第1審原告において,基本的請求と選択的な関係にあるものとして休業損害金の支払を求める趣旨が,基本的請求に係る賃金請求が認められなかった範囲について,休業損害金の支払請求の可否の審理を求めるものであると解して検討する。
第1審原告の平成12年の年収額は568万5983円であるところ,基本的請求において認容されるべき賃金額を控除した額が休業損害額となると見たとき,休業損害の額は,時間外労働賃金90万9783円及び賞与154万円の合計244万9783円を基本として計算されるべきこととなり,これに2割の過失相殺及び素因減額を行うと,年額195万9826円が第1審被告において負うべき休業損害額となる。これを日額に換算すると,5369円となる。
そして,平成13年9月分から平成14年9月7日までの1年分の休業損害に係る195万9826円については,損益相殺として,第1審原告が保持する疾病手当金等367万8848円をもって控除し,同月8日以降の休業損害については,日額5369円の休業損害に対し,日額9711円の休業補償給付金をもって損益相殺することになるから,その残額は存在しないことになる。
そうすると,第1審原告の選択的請求の意味を上記のように解したとしても,第1審原告の請求は理由がないことになる。

(4) 争点(4)について
ア 見舞金・弔慰金贈与規程に基づく見舞金
 見舞金規程4条は,社員が「業務上の負傷又は疾病により休業を要する場合」に,同規程別表第1号表の2により,休業期間の区分に従い見舞金を贈与することを定めているところ,第1審被告は,社員の負傷又は疾病が「業務上の負傷又は疾病」であるか否かは,第1審被告が第1次的な判断権を有し,同規程14条の「業務上か否かの判定が困難なとき」に当たるかどうかも第1審被告が判断権を有するとして,第1審原告の鬱病は同規程のいう「業務上の疾病」には該当しない旨主張する。
しかし,見舞金規程の体裁及び内容,特に同規程4条1項の「…場合においては…見舞金を贈与する。」との規定文言に照らすと,同規程は,社 員に対する権利を客観的・具体的に定めたものであって,その定められた内容は第1審被告の社員の就業条件の一つとなっていると認められるから,同規程の解釈及び適用に当たっては,第1審被告の一般的社員に了解可能な解釈及び適用を行うことが求められるというべきである。そうすると,同規程14条は,第1審被告の裁量的判断により,同規程の定める給付を実施するか否かを決定できることを定める規定ではなく,第1審被告と社員の間で見解が違うなどし,第1審被告の第1次的な判断権を貫徹することが不合理な場合には,行政官庁の判断に従うことを規定するものと解すべきである。そして,第1審被告と第1審原告との間において,業務上の疾病であるかが争われている本件鬱病は,まさに行政官庁の認定によるべき場合であり,既に業務上の疾病であることが認定されているのであるから,別表第1号表の2に基づいて,第1審原告は,第1審被告に対し,見舞金560万円の支払を求めることができる。第1審被告は,見舞金の請求には,第1審被告による支給する旨の決定が必要である旨主張するが,上記のとおり,見舞金規程は,具体的な権利を定めたものであると解されるから,その主張も理由がない。
次に,第1審被告の主張する損益相殺について検討するに,証拠(甲235,236)及び弁論の全趣旨によれば,第1審被告は,災害補償規程を設け,「社員が業務上負傷し又は疾病にかかり,療養のため就業できないために賃金を受けないとき」に「休業補償金」の支払をすること(同規程4条),休業補償金については労災保険法上の療養補償給付又は休業補償給付との重複填補を行わないこと(同規程14粂2項)を定めているのに平行し,見舞金規程を設け,「社員が…業務上の負傷又は疾病により休業を要する場合」に「見舞金を贈与」すること(同規程4条1項)を定めていること,見舞金規程には慰謝料との調整規程が置かれていないこと,身体に障害が生じた場合の見舞金の額が,交通事故における後遺症慰謝料の基準額に準じて設定されたものであることが認められる。そして,確かに,災害補償規程には,休業補償金と休業補償給付との間の調整規程が設けられているが,見舞金規程には慰謝料との調整規程が置かれていないこと,見舞金規程における被災従業員の権利を前提としない「見舞金を贈与」するとの規定文言を捉えて形式的に解釈すると,損益相殺を否定すべきであるようにも見える。しかし,見舞金規程による見舞金は,その実質において,業務上災害が生じたときに,被災労働者に対し,迅速かつ定型的な慰謝料支払を行うことができるように社内規程を整備したものであって,慰謝料的な性格を持つものというべきである(ただし,慰謝料額の上限を画するものではない。第1審被告においても,このような主張はしていないところである。)。そして,同規程において定められた見舞金の金額が必ずしも低額とは言えないことを併せ考えると,損害の公平な負担の見地から,相互補填を予定するものとして,損益相殺の処理を認めるのが相当である。そうすると,既に認定した慰謝料額320万円と見舞金規程に基づく第1審原告の見舞金560万は,320万円の範囲内で重複填補となることから,第1審原告は,その差額である240万円の限度で見舞金の支払を請求することができるものである。

イ 賞与相当額の支給金
第1審原告は,第1審被告の会社規程により賞与相当額の支給金が存在する旨主張し,第1審被告は,当審における和解の席上,第1審原告に対し,文書により,「賞与についても会社規程に則った金額を支払う。」として,平成14年6月から平成21年12月までの賞与相当額から,同期間に支給された病気見舞金を控除した913万3000円が会社規程による支給額となること(甲237),病気見舞金は,主事1以下一般給与体系者賞与取扱基準により支給されたものをいうこと(甲238)を説明したことが認められる。しかし,第1審被告の従業員の労働災害に対する補償 内容を定める第1審被告の災害補償規程(甲236)には,休業補償金の支給の定めはあるが,これとは別に,賞与相当額の支給金を支給することを定める条項は存在しないことが認められる。そうすると,上記文書(甲237,238)は,第1審被告において,和解案として,第1審原告は私傷病である本件鬱病により欠勤し,賞与の受給資格者に当たらないとする主張を前提に,第1審原告に対する配慮として,賞与相当額の支給を提案したものに過ぎないというべきであり,第1審原告の主張するように,第1審被告において,上積み補償の性格を有する支給金が存在することを説明したものとは認められない。賞与相当額の支給金を請求できるとする第1審原告の主張は,失当である。

ウ 休業補償金
(ア) 第1審原告は,賃金請求,又は安全配慮義務違反による債務不履行若しくは不法行為に基づく休業損害の請求のいずれもが全部認められない場合の予備的請求として,第1審被告の災害補償規程4条に基づく休業補償金を請求するところ,第1審原告は,第1審被告に対し,同条に基づき休業補償金を請求することができる実体法上の地位を有すると認められる。
この点,第1審被告は,休業補償金の支給要件として,社員が業務上負傷し又は疾病にかかったことが必要であるところ,この要件に該当するか否かは,第1審被告が第1次的な判断権を有し,同規程16条の「業務上か業務外かの判定が困難なとき」に当たるかどうかも第1審被告が判断権を有するとして,第1審原告の鬱病は同規程のいう「業務上の疾病」には該当しない旨主張する。しかし,同規程の体裁及び内容,特に同規程4条の「…受けないときは,…金額を支給する。」との規定文言に照らすと,同規程は,社員に対する権利を客観的・具体的に定めたものであって,その定められた内容は第1審被告の社員の就業条件の一つとなっていると認められるから,同規程の解釈及び適用に当たっては,第1審被告の一般的社員に了解可能な解釈及び適用を行うことが求められるというべきであり,前記アの見舞金規程において検討したところと同様に,本件鬱病が業務上のものであるか否かは,まさに行政官庁の認定によるべき場合であり,既に業務上の疾病であることが認定されているのであるから,第1審原告は,第1審被告に対し,休業補償金の支給を請求することができるものというべきである。
(イ) そこで,第1審原告において請求することのできる休業補償金の金額を検討するに,同規程4条は,「休業補償金として1日につき平均賃金相当額よりそれに対する所得税賦課率を乗じた額を控除した金額」を支給することを規定しているところ,平均賃金相当額は1日当たり1万6185円であり,所得税賦課率を乗じた金額は885円である(甲238)。
また,同規程14条2項は,「この規程によって補償を受け得る者が,同一事由により労働者災害補償保険法に定める療養補償給付又は休業補償給付を受け得るときは,その価額の限度において,この規程による療養もしくは療養補償金又は休業補償金の給付は行わない。」と規定し,第1審被告と東芝労働組合との労使協定(乙8)108条も「この章により補償を受けることができる組合員が,同一の事由について労働者災害補償保険法によって,この章の災害補償に相当する保険給付を受けることができる場合は,その価額の限度においてこの章の補償を行わない。」とし,「本条に定める労働者災害補償保険法によって受ける保険給付とは,労働者災害補償保険特別支給金支給規則による特別支給金を含む。」と規定している。そして,第1審原告は,労災保険給付として,休業補償給付として1日当たり9711円,特別支給金として1日当たり3237円の支給を受けている(甲218ないし227)。
そうすると,同規程に基づく休業補償金は1日当たり2352円(=16,185円-885円-9,711円-3,237円)となる。なお,同規程14条2項に照らし,第1審原告が一旦受領した休業補償給付等を返還したとしても,災害補償規程に基づく休業補償金の支給金額が増額されることはない。
(ウ) 以上によれば,第1審原告が請求することのできる休業補償金は,1か月が30日の月は7万0560円,31日の月は7万2912円となり,平成13年9月1日から平成16年8月31日までの1096日分の休業補償金は,257万7792円となる。
この認容可能な休業補償金の金額は,第1審原告による賃金請求に係る賃金額並びに安全配慮義務違反による債務不履行又は不法行為に基づく休業損害に係る損害金額のいずれをも下回るものであるから,より高額の賃金請求を認容すべきこととなる。」
45(1) 原判決別紙3の(7)項の末尾の次に「ともある。単に自分をとがめたり,病気になったことに対する罪の意識ではない)」を加える。
(2) 同(9)項の末尾の次に「自殺念慮,または自殺企画,または自殺するためのはっきりした計画」を加える。
(3) 原判決別紙5の「2001年4月」の曜日欄を「1日」の欄の「金」を「日」と改め,以下順次,対応曜日に改める。

第4 結論
 以上によれば,当審における訴えの追加的変更前の第1審原告の請求は,雇用 上の地位の確認,平成16年10月(同年9月分)から本判決確定の日まで毎月25日限り月額26万9683円の賃金,平成13年9月分から平成16年8月分までの未払賃金合計511万7382円及びこれに対する遅延損害金,治療費13万8800円,診断書作成料4万4960円,交通費16万3440円,慰謝料320万円及び弁護士費用130万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,第1審原告及び第1審被告の控訴はいずれも一部理由があるから,原判決を変更することとし(なお,原判決は,賃金請求以外の金銭請求につき,債務不履行である安全配慮義務違反による損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日から支払済みまでの遅延損害金に係る請求を認容しているが,安全配慮義務違反による損害賠償債務は期限の定めのない債務であるから,平成16年12月6日付け訴状訂正申立書及び平成19年9月21日付け請求の趣旨原因変更申立書により追加された遅延損害金の請求のうち,訴状送達の日から上記各書面送達の日までの間の遅延損害金の支払を求める部分は理由がない。しかし,第1審原告は,選択的に不法行為による損害賠償請求をしており,同請求権に係る遅延損害金は不法行為の日から発生することから,不法行為による損害賠償請求権に係る上記期間中の遅延損害金の請求として,これを認容すべきことになる。),また,第1審原告が当審で追加した請求中,本判決確定の日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は,訴えの利益がなく不適法であるから,これを却下することとし,その余の請求は,平成16年10月から本判決確定の日までの賃金に対する遅延損害金,平成12年9月分から平成16年8月分までの未払貸金の一部459万1218円及び見舞金の一部240万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余は理由がないから,これを棄却することとし,仮執行宣言については,訴訟費用を除いて相当と認め,主文のとおり判決する。

      東京高等裁判所第11民事部


              裁 判 長 裁 判 官   岡    久   幸    治


                    裁 判 官   三 代 川   俊 一 郎


                    裁 判 官   佐 々 木   宗   啓



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