東芝・過労うつ病労災・解雇裁判
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裁判・控訴審

平成20年(ネ)第2954号 解雇無効確認等請求事件

原告控訴理由書


平成20年(ネ)第2954号 解雇無効確認等請求控訴事件
控 訴 人(一審原告) 重光由美     
被控訴人(一審被告) 株式会社東芝      

             控訴理由書

                                 平成20年 6月23日
東京高等裁判所 第11民事部 御中

                    控訴人(一審原告)訴訟代理人 
                            弁護士  川  人     博
                            同     山  下  敏  雅
                    同訴訟復代理人
                            弁護士  小  川  英  郎
                            同     島  田  浩  樹





      目      次

第1 総論 5
第2 慰謝料 5
 1 総論 5
 2 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅰ)-総論- 6
 3 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅱ)-平成13年4月まで- 7
  (1) 総論-原判決の認定- 7
   ア 因果関係及び被告の認識についての認定 7
   イ 平成13年4月までの過重労働に関する安全配慮義務違反 8
  (2) 長時間労働・休日労働・深夜労働 9
   ア 総論 9
   イ 原判決の認定した時間外労働時間数 9
   ウ 被告による計算が失当であること 10
   エ 原審の認定した時間外労働時間数が不十分であること 10
  (3) M2ライン立上げ業務の新規性・困難性,ノルマ達成の強制性 12
  (4) 小括 14
 4 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅲ)-平成13年4月以降- 14
  (1) 原判決の認定 14
  (2) 人員の配置・補充・業務内容調節の欠如 15
  (3) 適正な相談・アドバイスの欠如 18
  (4) 業務軽減措置を取らなかったこと 19
   ア 総論 19
   イ パッド腐食業務(C業務) 19
   ウ 半透過製品(B業務)の負担 20
   エ 原告の健康状態を知りつつ業務軽減を行わなかったこと 21
   オ 小括 21
  (5) 小括 21
 5 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅳ)-平成13年8月のD業務- 21
 6 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅴ)-職場復帰- 22
  (1) 平成13年10月及び平成14年5月の職場復帰 22
  (2) 平成16年5月以降の職場復帰プログラム 23
 7 平成13年6月以降の「パワハラ」について 23
 8 産業医の職務懈怠と被告の責任 25
 9 うつ病が死に至る病であること 26
 10 原告自身で健康維持の努力をしていたこと 27
 11 解雇 27
  (1) 本件解雇の違法性 27
  (2) 解雇に至る経過 28
   ア 被告が労災申請について誤った情報を与えるなど,非協力的態度を示したり,労災隠しを行おうとしたこと 28
   イ 交渉中にもかかわらず本件解雇が意図的・一方的になされたものであること 28
  (3) 精神疾患療養中の原告に対する精神的苦痛 30
  (4) 無効な解雇に対し高額の慰謝料を肯定した判例 30
 12 長期にわたる療養 31
  (1) 総論 31
  (2) 民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準 31
  (3) 他の判例と比較しても低額である 32
   ア 会社代表者からの叱責等によるうつ病罹患の事案 32
   イ 学校におけるいじめ行為による統合失調症罹患の事案 33
  (4) 解雇通知後の被告の原告に対する態度 33
   ア 寮の明け渡し請求 33
   イ 原告への書類の手渡し 34
   ウ 訴訟の引き延ばしや「懲戒処分も考える」との発言 34
  (5) 小括 35
 13 最近の裁判例における慰謝料額 36
 14 結論 36
第3 賃金に対する遅延損害金(附帯請求) 37







第1 総論
 原判決は,控訴人(一審原告。以下「原告」という。)の業務の過重性と,業務と精神疾患発症との因果関係を認め,被控訴人(一審被告。以下「被告」という。)による解雇を労働基準法19条1項に反し無効である旨,正当に判示した。
 しかしながら,損害論のうち,特に慰謝料部分について,原審が認めた金額は著しく低額である。
 また,原告は,賃金(主文第2項)に対する遅延損害金を請求する。
 以下詳述する。

第2 慰謝料
 1 総論
原審は,「本件解雇及び前記⑵で認定した安全配慮義務違反行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料」として,金200万円と認定し,その根拠として,
・ 本件口頭弁論期日に至るまで原告のうつ病が治ゆしたことを示す証拠が提出されていないこと
・ 被告による平成12年12月から平成13年8月まで原告に従事させた業務が過重であり,同年8月までの対応も含め,原告に対する安全配慮を欠くものであったこと
・ 本件解雇が無効であることにより差額賃金が支払われること
・ 被告の平成13年8月下旬以降の対応については安全配慮義務違反があるとはいえないこと,むしろ,被告は原告の復帰のために相応の努力をしていること
等を挙げた(原判決61~62頁)。
 しかしながら,
 ① 被告は,原告に対して,過重労働に加え,「パワハラ」(パワーハラスメント)とも言うべき嫌がらせを行ったのであり,原告のうつ病の発症・増悪に関する,かかる被告の安全配慮義務違反・注意義務違反(以下2つを合わせて単に「安全配慮義務違反」という)の悪質さが十分に反映されておらず,
 ② 被告のなした解雇が,労基法に違反した違法で悪質なものであるにもかかわらず,解雇に至る経過が十分に考慮されていないうえ,
 ③ 原告の精神疾患による通院期間が平成13年4月から7年以上にも及び,今もって睡眠障害等の深刻な精神疾患の諸症状に悩まされていること,さらにはその後の被告の訴訟態度等が考慮されておらず,
 ④ 他の判例に比べても,慰謝料額が少ない。
 以下,詳述する。

 2 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅰ)-総論-
  (1) 原告のうつ病発症と増悪は,被告会社における長時間労働等,安全配慮義務違反を原因とするものであるところ,原審の認めた慰謝料額200万円は,被告の安全配慮義務違反の悪質性に照らしても,著しく低額である。
  (2) 平成12年12月から平成13年4月までの原告の長時間労働・休日労働・深夜労働や,業務の新規性・困難性,無理なスケジュール設定,ノルマの強制性等について,原審は,うつ病発症との因果関係を正当に認定した。
 しかしながら,原告は,実際には,原審の認定した労働時間数以上に時間外労働に従事していたのであって,原審には実態の把握に不十分な点が存しており,この点が慰謝料額に反映されていない。
 また,原審の認定では,平成13年4月までの時期について,被告の安全配慮義務違反を明確に判示していないが(原判決58頁),本件のように長時間労働に従事させたり,業務の新規性・困難性にもかかわらず,無理なスケジュール設定を行い,ノルマを強制すること自体が安全配慮義務違反であり,この点が慰謝料額に反映されていない。
  (3) 平成13年4月以降の原告の過重労働,被告の安全配慮義務違反については,原審が正当に認定しているが,慰謝料額について,その被告の安全配慮義務違反の悪質性(過重労働に加え,パワハラとも言うべき嫌がらせ等)が十分に反映されていない。
  (4) 平成13年8月の不良解析業務(D業務)について,原審は「原告の病状の悪化と因果関係がある安全配慮義務違反ということはいえない」と判示しているが,このD業務によって精神疾患の症状が悪化したのであって,安全配慮義務違反に当たることは明らかであり,この点が慰謝料額に反映されていない。
  (5) また,判決は,その後の平成13年10月上旬1週間,及び,平成14年5月13日の半日の原告の職場復帰に関するF課長の言動や,平成16年5月以降の職場復帰プログラムにつき,「一概にこれを配慮を欠く措置であったということはできない」「職場復帰に向けた対応等をしていることが認められる」などと判示しているが,不適切であり,この点も慰謝料額に反映されていない。
    以下,詳述する。

 3 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅱ)-平成13年4月まで-
  (1) 総論-原判決の認定-
   ア 因果関係及び被告の認識についての認定
 原判決は,54頁以降において,M2ラインがM1ラインでは生じなかったトラブルが発生して原告がその対策に追われて業務量が増大したこと,M2ラインの立上げスケジュールが繁忙かつ切迫したものであったこと,原告が初めてリーダーとなり,相当回,関連の会議に出席し(しかもその間隔が短かった),上司から期限を区切ってデータ資料の提出を求められ,それが期限どおりにできないことで叱責を受けるなど,新たな負担が増加したこと,等を適切に認定・評価したうえで,「原告の平成12年ママ11月から平成13年4月までの就労実態は,質的にみても,原告に肉体的・精神的負荷を生じさせたものということができる」と結論づけ,平成13年4月までの過重労働と,うつ病発症との間の因果関係を正当に判示した(原判決55頁)。
 そして,この点について,原判決は,「被告は,M2ライン立上げプロジェクトに関し,短期間の余裕のないスケジュール(垂直立上げ)を組み,原告に長時間の時間外労働をさせているところ,その時間は特別延長規定の定める時間をも超えている。このことは,AQUAシステムによる時間外勤務の申告手続等を通じて,被告(F課長)も把握していたものと認められる」とも判示している(58頁)。
   イ 平成13年4月までの過重労働に関する安全配慮義務違反
     他方において,原判決は,平成13年4月までの原告の過重労働について,「被告は,遅くとも同年4月には,原告について,その業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたものと解するのが相当である」と述べ(原判決58頁),平成13年4月までの過重労働に関する被告の安全配慮義務違反の認定が明確ではない。
 しかしながら,長時間労働,M2ライン立上げ業務の新規性・困難性,ノルマの強制性等過重労働に従事させたことそれ自体が,安全配慮義務を構成する。原判決は,上記判示にあたって被告の主観的事情に触れているが,安全配慮義務の前提となる予見可能性も,被告に被災者にうつ病を発症・増悪させうる業務上の心理的負荷についての認識,すなわち,長時間労働等それ自体の認識であり,本件では被告がこれらを認識している以上,平成13年4月までの過重労働についても安全配慮義務が存するのである。
 原判決ではこの点が慰謝料額に反映されていない。
   ウ 以下,平成13年4月までの,原告の過重労働の実態及び被告の安全配慮義務違反について詳述する。
  (2) 長時間労働・休日労働・深夜労働
   ア 総論
     長時間労働は心身の健康を損なう危険性が大きいことから,使用者としては,勤務時間において業務が過重にならないようにすべき義務がある。
     しかしながら,被告会社は,原告に対し,恒常的な長時間労働・休日労働を強いていたうえ,午後10時を超えて勤務する深夜労働にも多数回従事させていた。原判決もこの旨認定している(原判決55頁)。
   イ 原判決の認定した時間外労働時間数
     原審の認定によっても,発症前5ヶ月間(平成12年12月から平成13年4月まで)の時間外労働時間数は,所定時間外労働時間数で90時間34分,法定時間外労働時間数でも69時間54分である(原判決88頁:別紙6)。
     これは,平成13年の脳・心臓疾患労災認定基準(甲197)や平成14年2月12日厚労省通達(甲166)が基準とする月45時間はもちろんのこと,大阪樟蔭女子大学夏目誠教授の意見(甲180)にある,残業時間について「なし」,「10時間未満」に比べて大きな有意差があるとする「60時間以上」の基準を超過しているばかりか,当時の被告会社深谷工場における36協定(乙3の1:2枚目)の規定(「開発」の業務に携わっている労働者について,3ヶ月120時間,1年間360時間までの時間外労働が可能。「納期の切迫により生産が間に合わない場合,またはトラブルが発生しその対応が必要な場合等,特別な事情がある場合」であっても,「1ヶ月80時間,3ヶ月で240時間,1年間で720時間」までを限度として延長が可能である)をも超過していたのである。
   ウ 被告による計算が失当であること
     労働時間数の認定に関し,被告が提出した「勤務表」(乙1)が実際の原告の労働時間数を反映していないものであることは,原告作成の電子データ(甲15)や関係者の証言からも明らかであるところ,原判決も「必ずしもこの勤務表が原告の労働実態を反映したものであるとはいいがたい」とその信用性を排斥している(原判決52頁)。また,法定時間外労働時間数の計算においては,実労働時間数が労働基準法32条の上限を超えているかどうかを判断するのであって,「勤務表」(乙1)での,「実労働時間数からさらに有給休暇日1日当たり7時間45分を控除する」(甲105:8項)という計算を行うことは明らかに失当である。
   エ 原審の認定した時間外労働時間数が不十分であること
     原判決は,平成13年4月までの原告の過重労働とうつ病発症との因果関係を正当に認めた。
     しかしながら,原告の具体的な労働外労働時間数について,原審は,「原告は,客観的証拠がない場合でも午後11時まで残業していたと推定すべきであると主張するが,毎日午後11時まで必ず残業していたとまではいえないから,採用できない」などと判示したが(原判決54頁),この点,実際には原告はそれ以上の長時間労働に従事していたのであり,原審の実態把握は不十分である。
 甲15号証の電子データについては,後日更新や上書保存されたために,深夜の更新時刻が残存していない場合があるうえ,データをパソコンではなく共有サーバに保存した場合には,この甲15号証には現れない。また,電子メールも甲15号証には含まれていないし,深夜の時間帯に原告が常に必ずパソコンを用いる作業をしていたわけでもない。したがって,勤務表(乙1)の時刻を超えて原告が業務に従事していた日が,甲15号証の記録のある日のみと解するほうが甚だ不自然であり,甲15号証のパソコンのデータは,偶々残っていたものと理解するのが自然である。
 原告の退勤時刻は午後11時ないし午前0時,またはそれ以降にまで及んでおり,特に平成13年3月以降は,ドライ工程が最重要工程とされてトラブル対応に追われ,立ち上げを要する装置も7台となり,1台目の装置を3月末まで製造に引き渡すための資料の作成をわずか1週間で作成しなければならないなど,非常に多忙な状況となったために退社時間がさらに遅くなり,午前1時を回ることもしばしばとなった(原告調書10頁)。特に3月後半は,午後5時~6時ころに退社することは不可能な状況であったのであり,3月26日(月)から3月30日(金)までの退社時刻が午後3時45分~午後6時45分となっている乙1号証の勤務表は,明らかに不自然である。
 原告を含む同僚らが深夜遅くまで業務に従事していたことは,原告のみならず他の同僚らも証言している(Y:甲122:2頁,T:甲110:18項,25項,K:甲123:2頁,F課長:甲106:12項,13項,F課長調書:18頁)。
 原告が従前より主張しているとおり,原告の時間外労働時間数は,月100時間を超えるものであり,甲181号証に示されているとおり,原告は,睡眠時間を削りながら,1日のうち睡眠以外ほぼ全て業務に従事することを強いられている状態であった。そして,被告は,原告の長時間労働を,AQUAシステムによる時間外勤務の申告手続等を通じて把握し(原判決58頁参照),原告が体調を崩すことを予見できたし,実際,原告の体調悪化を,時間外超過者健康診断の問診等から把握できていたにもかかわらず,これに対し全く配慮をなさず,むしろ,かような業務を課したのである。
 かように異常な長時間労働・休日労働・深夜労働それ自体の苦痛について,被告は相当の慰謝料をもって償うべきである。
  (3) M2ライン立上げ業務の新規性・困難性,ノルマ達成の強制性
   ア 使用者は,労働者に達成困難なスケジュール設定やノルマを課すことによって過度の心身の負荷を与えないようにすべき義務を負う。
 しかしながら本件においては,M2ラインが基板サイズの大形化による新規性・困難性を抱えていたにもかかわらず,被告会社は,それまでの立ち上げラインと比べても当初から全く余裕のないスケジュールを設定した。
 従来のM1ラインは,月産2万枚で,第1期開始の平成10年10月から第2期終了の平成11年11月までの1年1ヶ月間が立上げ期間とされ,実際には開始が早められているのでそれ以上の期間がかけられていた(F課長:甲107,原告調書18頁)。他方,M2ラインは,月産が2万5千枚であり,第1期開始の平成12年11月から第2期終了の平成13年までの間,わずか約6ヶ月間しか予定されておらず,しかも,先行している第1期の立上げを行いながら,平行して第2期の立上げも行わなければならなかったのである(F課長:甲107,原告調書18頁)。
   イ その後,立ち上げのスケジュールの厳しさからトラブルが発生し,ノルマ達成を強制する上司により一層原告に心身の負荷がかかった。
 特に,原告は,T主務より「条件出し」のトラブル対策のスケジュールを作成するよう指示されたために,同資料を作成して平成13年2月25日の会議で報告したが(原告調書25頁,甲41),同会議においてM参事は「遅い」と述べてスケジュールを前倒しするよう述べ,原告が前倒しが不可能である旨回答しても,出席者から何らのアドバイスも指摘もなかった(原告調書25頁)。それにもかかわらず,後日になって,この工程が最重要課題である旨のメールが上司から送られた。そして,同年3月8日の定例ミーティングで原告が調査結果を報告できなかったことについて,T主務は,「ドライが最重要なんだ。どうして報告しなかったんだ」「何が何でもデータを出せ」「とにかくデータを出せ。今日中に詳細なスケジュールを書いて出せ」などと強く迫るなどした(原告調書27頁,甲100/甲158:1項,甲102/甲160:24項,F課長:甲106:2項)。
 一般的に,上司からの指示に対し,部下は可能な限り応対するのが通常である。部下が上司に「できない」と訴える場合には,上司は部下に対し,その原因を尋ねて分析し,適切な助言,支援,配慮を行うことによって,当該業務がスムーズに行くよう,また,当該部下に心理的・身体的負荷が過度にかからないように配慮しなければならない。しかるに,本件では,原告は上司らに対し「前倒しができない」と訴えているにもかかわらず,上司らは,その理由を尋ねることも,適切なアドバイスを行うことも,支援・配慮などを行うこともなく,報告義務のなかったSG定例ミーティングで報告できなかったことに対し,「スケジュール通り行っている」と訴えている原告の発言に耳を貸さず,調査報告を行えないことに何らの落ち度のない原告に対して叱責を行うことは,原告にとって多大な精神的負荷となり,精神疾患発症の大きな原因となった。
   ウ M2ラインの新規性・困難性の結果,トラブルが多発し,その対応や各種対策会議へ出席などが必要となって,上述したような長時間労働を生じさせる原因となった。
 特に,平成13年2月17日の会議で,立上げ計画段階の「大幅前倒し立上げチャレンジに対する具体的な実行計画案の未整備」等があることが指摘されるほど,繁忙かつ切迫したものであったことは,原審も正当に認定しているところである(原判決54頁)。
 また,トラブルの多発のため,予定されていたスケジュールは大幅に遅れ,平成13年3月の時点でも4週間の遅れを生じ,当初7月にはフル生産稼働するはずであった予定は全体として遅れた。
  (4) 小括
 以上の通り,平成12年12月から平成13年4月までの原告の睡眠時間を削ってまでの長時間労働・休日労働・深夜労働や,強制性の高く負荷の高い業務,無理なスケジュール設定等,過重労働の実態は,原審が認定する以上に過重なものであった。このような過重労働に従事させた被告の行為,とりわけ,「できない」と訴え出ている原告に対して何らの配慮もせず,それどころか,訴えを無視して業務を強制した被告の行為等が悪質な安全配慮義務違反にあたることは明らかであるところ,この点が原判決では慰謝料額に反映されていない。

 4 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅲ)-平成13年4月以降-
  (1) 原判決の認定
    平成13年4月以降の被告の安全配慮義務違反について,原判決は,以下のように判示した(58頁以下)。
「 被告は,同年4月以降も原告の業務を軽減することなく,引き続きM2ライン立上げプロジェクトに従事させ,同年5月には同じ工程を担当する技術者を1名減らした(原告を含めて2名となった。)上,反射製品開発業務という原告が携わったことのない業務を併任させ,準備に追われた原告を同月下旬には12日間連続して欠勤させるという事態に陥らせた。
  さらに,F課長は,原告が同年6月上旬に復帰した後も,業務軽減をすることをせず,反射製品開発業務の担当ができないとする原告の申し出を事実上断った。
  そして,被告は,産業医を通じ,定期健康診断等で原告の自覚症状の変化(ストレス感,抑うつ気分,自信喪失)に気づき,業務負担軽減等の措置を講じる機会があったにもかかわらず,かえって同年7月に「半透過製品」の承認に必要な会議の提案責任者として当たらせ,短期間の内に会議出席,資料・データ作成に当たらせた。
  その後,原告は体調を崩し,業務に集中できず,急に涙を流したり,放心状態でいることも見られるようになった。
  してみると,原告が平成13年4月にうつ病を発症し,同年8月ころまでに症状が増悪していったのは,被告が,原告の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないような配慮をしない債務不履行によるものであるということができる。」
 上記の原判決の判示は基本的に適切である。しかし,この原審も認める被告の安全配慮義務の悪質性からすれば,200万円の慰謝料は低額にすぎるというべきである。以下,詳述する。
  (2) 人員の配置・補充・業務内容調節の欠如
   ア 使用者は,労働者に対し,人員を適切に配置・補充し,また,新たな業務を追加しないなど,業務が過度にならないように業務内容を調節すべき義務を負う。
   イ しかしながら本件においては,ドライエッチング工程が原告を含め3人しかおらず,上記のような過重労働に陥っていたにもかかわらず,また,この時点ですでに原告はうつ病を発症し,被告会社はそのことを,AQUAシステムによる原告の長時間労働の事実や,時間外超過者検診の結果により把握できたのにもかかわらず,被告会社は人員の補充や業務の軽減を全くせず,むしろ,平成13年5月上旬には同工程の技術担当者の1人(U)を別の部署に異動させたため,原告の業務量が増加し,原告の症状を悪化させた。
   ウ さらには,平成13年5月には,M2ライン立ち上げプロジェクト業務(A業務)と並行して,それまで原告が全く携わったことのない反射製品業務(B業務)のリーダー兼スルーを担当するよう指示したり,各種会議に連日出席させ,さらには,負担の著しく大きい承認会議の主催を担当させ,重ねてパッド腐食業務(C業務)をも課そうとしたのである。
 M2ライン立上げプロジェクト業務での長時間過密労働でうつ病を発症し,自覚症状も出ていた原告に対し,被告が5月に課した上記の反射製品業務(B業務)は,原告のみならず被告会社自身も新規性を認める業務であった(原告調書31頁,原告:甲100/甲158:3項,甲102/甲160:17項,K:甲123:3頁,被告一審答弁書6頁)。
 すでにM2ライン立上げで長時間残業等により疲れ切っていた原告にとって,多大な負担となり,原告の症状の増悪,休職の原因となったことは明らかである。
 原告は,同業務の各種会議に,内容が全く分からないまま連日出席させられた。特に,5月16日には,原告の予定が最優先され,3つもの会議に出席させられた(甲52ないし甲54,甲100/甲158:3項)。
 原告は,すでにうつ病を発症していたところ,この反射製品業務の負荷により症状が悪化し,わずか10日間ほどで激しい頭痛に見舞われ,12日間もの連続欠勤を余儀なくされたのである(甲100/甲158:3項)。
   エ 反射製品業務自体,上記の通り負荷であるところ,原告は特に,同僚らも負荷が高いと証言している承認会議(P-DAT)の準備の負荷がかかった。新たな業務に就いた途端に「承認会議」を担当するのは,非常に困難であって,従業員に与える負荷も多大である。
 「承認会議」の準備期間は,2~3ヶ月を要するのが通常であることは,F課長や同僚自身も労基署に対して述べている(F課長:甲106:49項,T:甲110:9項)。そして,承認会議が健康な担当者にとっても非常に負担となることは,以下のとおり,原告以外の従業員も複数証言している。
・「 特にP-DAT(承認会議)は,書類作成も大変ですし,会議の運営も大変です。様々な部門からの質問にも対応できるよう,その会議の内容に関する全ての知識を持っていなければなりません。P-DATというのは滅多に開催されるものではありません。準備期間にどれほど必要なのかはわかりませんが,それまで反射製品も携わっていないうえに承認会議も担当したことのない重光さんは大変だったのではないかと思います」(Y:甲122:5頁)
・「 P-DAT(承認会議)の業務は無茶苦茶に大変です。製品の条件を決め,資料を全部細かく書いて,データを添付しなければなりません。当初からどのくらいのデータがまとまっているかにもよりますが,準備期間は通常1ヶ月程度は必要です。データの取得にも時間がかかりました」(K:甲123:3頁)
・(「新たな業務に就いた途端でのP-DATを主催するという状況は相当大変ですか」との問いに対し)
 「自分は経験ありませんが,相当大変だと思います」(T:甲110:10項)
反射製品の新製品の出荷スケジュールは6月とされていたため(原告調書31頁),これに間に合わせるためには,5月31日の承認会議で必ず承認を得られるようにしなければならなかった。
しかしながら,原告は反射製品のプロセス開発の詳細内容を知らされておらず,かつそれまで承認会議を開催した経験がなかった。
 同月22日付「反射型P-DAT打ち合わせ」(甲56)は,原告が体調を崩す直接の契機となった,原告が主催するはずだったP-DAT(承認会議)の打ち合わせ業務の議事録である。1頁目は,最初のP-DAT(承認会議)で不合格になった問題点についての解決策を打ち合わせたものであり,2頁目は再P-DATに向けて新たに行わなければならない事項を列挙したものである。原告が反射技術の詳細内容を知るのはこの時が初めてであり,両ページに書かれた内容のひとつひとつを理解しなければならず,すでにM2ラインの立上げで長時間残業等により疲れ切っていた原告にとって,多大な負担となっていた(甲121:9頁)。
 かような業務は,健康体の従業員にとっても非常に負荷となる業務であるところ,原告は,反射製品業務の担当前からすでにうつ病を発症していたところに,この過重な業務が加わったのであり,この結果,5月23日に激しい頭痛に見舞われ,12日間の休養を余儀なくされたのである(甲100/甲158:3項)。
  (3) 適正な相談・アドバイスの欠如
 使用者は,労働者に対し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう,適切に相談に応じ,またアドバイスを行うべき義務を負う。
 しかしながら本件においては,上記のように原告に対し様々な業務上の負荷がかかっていたにもかかわらず,F課長ら上司からは何らの支援もなされていなかった。
 上司からは原告に何らの支援がなかっただけにとどまらず,不可能な指示を出し,原告が不調を訴えているにもかかわらず負荷の高い新たな業務を次々と課し,さらには自宅で療養中に電話をかけるなどしており,これらが原告の精神疾患発症・増悪の原因となった。
  (4) 業務軽減措置を取らなかったこと
   ア 総論
     使用者は,労働者の健康状態を認識し,その症状に応じて業務内容の軽減等の適切な処置をとるべき義務を負う。
 しかしながら本件においては,後述の「7 平成13年6月以降の「パワハラ」について」で述べるとおり,すでにうつ病を発症していた原告に対し,F課長も認識していたにもかかわらず,業務内容を軽減しなかった。
 また,後述の「8 産業医の職務懈怠と被告の責任」で述べるとおり,被告会社は,産業医と連携して業務内容を軽減する等の措置を全く講じなかった。
   イ パッド腐食業務(C業務)
     むしろ,被告会社は,原告の欠勤中に再度C業務を課そうとした。12連休明けの6月4日に出勤した際に,担当とされていることが判明したのである。
     従業員が上司に一度業務担当を断り,上司自身がそれを明確に了承していたにもかかわらず,当該従業員が過重労働により療養中に,同人の了解もなく再び同一業務を課すなどという行為が,「パワハラ」とも言うべき嫌がらせであって従業員にとって多大な負荷となることは,論ずるまでもなく明らかである。
   ウ 半透過製品(B業務)の負担
     また,被告は,欠勤明けの6月から7月にかけて,半透過製品(B業務)の承認会議を異常なスケジュールで原告に担当させた。
 6月末ころ,会議の開催日を決定するに当たって,F課長は原告に対し「体調はどう」と尋ねてきており(原告調書35頁),原告の体調が悪化していることを認識していたにもかかわらず,業務量・内容の調整を行わずに,原告の症状を増悪させたのである。
 半透過製品の承認会議は,7月3日から同月6日までの期間に行われたが,このスケジュールが異常であることは,同僚も明確に述べている(T:甲100:70項)。上述のとおり,承認会議は健康体の従業員にとっても負荷の高い業務であるところ,すでに体調が著しく悪化していた原告に対し,被告は原告の体調悪化を認識していながら,新規性・困難性の高い業務で,かつ,負担の大きい承認会議を,かようなまでに異常なスケジュールで行うように指示したのであり原告に著しい精神的・身体的負担となっていたことは明らかである。
 また,原告は,上記承認会議前にも,F課長に対し体調不良のために「自分が担当しなくていいのでは」と述べたが,F課長はその場から黙っていなくなっただけであり(甲100/甲158:7頁),何らの適切な配慮もなされなかった。
 さらに,7月の承認会議終了後,原告はF課長に対し,再度,体調不良のため反射製品業務の内容を限定するよう求め,課長もこれを了承していた(原告:甲100/甲158:8頁)。それにもかかわらず,結局,新担当者は具体的に決まらず,原告は実質的に反射製品業務のリーダーである時と変わらない業務が継続した。被告は,原告の業務量・内容を配慮するような態度を示したが,実際には,むしろ,業務の負担を増加させ,その結果原告の症状の悪化を招いたのであり,その原告の受けた精神的苦痛は甚大である。
   エ 原告の健康状態を知りつつ業務軽減を行わなかったこと
     そして,F課長は,7月中旬ころ,原告に対し,原告の健康状態を認識したうえで体調に関して質問し(原告調書37頁,甲100/甲158:4項),原告が精神科に通院していることを認識した。また,原告は,F課長に対し,「仕事ができないので,反射製品の新リーダーを具体的に決めて欲しい」と述べた。
  それにもかかわらず,F課長は,7月25日,原告が療養のため欠勤していたところに,原告の自宅に電話をかけ,新たな業務を課すなどした(原告調書37頁,甲100/甲158:4頁)。病気により療養中の従業員に対し新たな業務指示を行うこと自体,多大な負荷となるうえ,F課長が原告に指示した業務は,原告以外の従業員でも対応可能な内容であった。原告に与えた精神的苦痛は甚大である。
   オ 小括
     被告会社が原告の健康状態を認識しながら,その症状に応じて業務内容を軽減せず,原告の症状を悪化させ,休職に追い込む原因を作ったことは明白である。
  (5) 小括
 以上のとおり,平成13年4月以降の原告の過重労働の実態が過酷であり,被告に安全配慮義務違反が認められることは,原審が適切に認定した通りである。かかる安全配慮義務違反の悪質性からすれば,慰謝料額200万円は低額である。

 5 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅳ)-平成13年8月のD業務-
   原告は,平成13年8月の長期休暇でもうつ病が回復しないままであった。F課長は,その原告の変調を十分認識していたにもかかわらず(甲106:6項),原告に対し,不良解析業務(D業務)に注力するよう指示した。
   このD業務の指示について,原審は,被告が原告の業務を「限定した」と解釈し,「原告の病状の悪化と因果関係がある安全配慮義務違反ということはいえない」と判示した(原判決59頁)。
   しかし,かかる判示は不適切である。
 D業務(不良解析業務)は,被告自身も重要な業務と認めるものである(被告一審最終準備書面47頁)。「M2ライン不良解析体制」(甲63)に記載されている「溝内1.0 重光1.0 相原0.5」との記載は,1.0であれば「この業務に注力するように」,0.5であれば「それほど注力しなくてよい」ことを意味する(原告調書37頁)。原告がここで1.0とされていることからもわかるように,当時,原告の体調に対し被告から一切の配慮はなかったのである(甲100/甲158:4項,甲121:10頁)。
 D業務が原告の症状の悪化の原因となっていたこと,すなわち,安全配慮義務違反にあたることは明らかである。
 原審の認定では,かかる点が,慰謝料額に反映されていない。

 6 安全配慮義務違反によるうつ病発症・増悪(Ⅴ)-職場復帰-
  (1) 平成13年10月及び平成14年5月の職場復帰
 原判決は,平成13年10月上旬1週間,及び,平成14年5月13日の半日の原告の職場復帰に関するF課長の言動につき,「一概にこれを配慮を欠く措置であったということはできない」と判示したが(原判決59頁),不適切である。
 平成13年10月の復帰の際には原告の体調を考慮されることなく以前と同様に業務指示を出され,頭痛が生じて再び療養せざるを得なかった(甲13の6:平成13年11月30日付の記載),また,平成14年5月の復帰にあたっても,原告からの職場変更の希望があったにもかかわらず被告はこれを受け入れなかった(甲112:16~17頁)。また,体調との関係から,誰かの手伝い程度の仕事をしたいという申し出に対し,「ずっと席に座っているつもりか」などと述べ,原告を不安に陥らせて症状を悪化させた。これらの対応が「配慮を欠く措置」であったことは明らかである。
  (2) 平成16年5月以降の職場復帰プログラム
 また,原判決は,被告が「メンタル不調者の職場復帰プログラム」に基づく職場復帰に向けた対応等をしていることが認められる」などと判示しているが(原判決59頁),不適切である。
 被告は,同プログラムに基づき,原告の主治医に対し意見照会をしているが,主治医は平成16年7月2日付で,「遷延化した抑うつ状態にあり,今後も長期的な治療が必要と考えられる」と述べており(甲14),原告本人も「職場復帰できない」旨主張し,また同月23日に産業医と面接しその旨を被告も把握していたにもかかわらず(乙6の2:平成16年7月23日の記載),半ば強引に原告の了承を取り,原告の実家に複数回電話をかけたり,職場復帰に向けての話し合いを執拗に行ったのであり,復帰に向けての努力とは名ばかりの,実質的には原告の症状を悪化させる対応を,被告はなしたのであって,これによって原告が受けた精神的苦痛は甚大である。

 7 平成13年6月以降の「パワハラ」について
 上記「4」に述べたとおり,平成13年4月以降の原告の過重労働の実態が過酷であり,被告に安全配慮義務違反が認められるところ,特に,原告が5月下旬に12日間連続欠勤した以降の被告の対応は,安全配慮義務違反を構成すると同時に,パワーハラスメントという人格権侵害(不法行為)とも言える,悪質な嫌がらせ行為であって,その違法性・悪質さが,慰謝料に反映されていない。
 すなわち,F課長は,原告が5月23日から12日間連続欠勤した事実を上司として当然認識しており,また,この欠勤にあたって,原告が5月28日にF課長に電話をかけ,体調が悪いため今週いっぱい休む旨を伝えた。(原告調書34頁,F課長調書:16頁,30頁)。それにもかかわらずF課長は,原告の療養中に,一度原告が断ったはずの業務(パッド腐食。C業務)を課した。
 また,原告が体調不良を訴え,F課長もそれを認識しているにも関わらず,F課長は原告に対し新規性の高い反射製品業務(B業務)を課した。そして,F課長は原告に対し,6月末ころに「体調はどう」と尋ねていながら,負荷の高い承認会議を異常なスケジュールで課した。さらに,原告が業務軽減を求め,F課長もそれを了承していたにもかかわらず,原告のリーダーとしての業務が続いた。さらに重ねて7月には,F課長は,原告が精神科に通院していることも聞き及んでいながら,何らの配慮もせず,むしろ原告が療養のため欠勤した7月25日にF課長が原告の自宅に電話をかけ,新たな業務を指示する等した。
 さらに,原告が産業医に受診していることを認識していながら,F課長は,産業医と連携して業務内容を軽減する等の措置を全く講じなかった。
 このように,平成13年6月以降は,原告がF課長に体調不良を訴え,F課長自身が明確に原告の体調不良を認識し,精神科に通院していることも知りながら,そして原告が業務の軽減を求め上司もこれを一旦は了承したにもかかわらず,むしろ過重な業務を課しており,これらの行為は,パワーハラスメントという人格権侵害であり,不法行為(民法709条,715条)を構成するものである。
   また,後に詳述する通り,その後の解雇に至る経過や,解雇通知後の寮の明け渡し請求等も,パワーハラスメントという人格権侵害に明らかに該当する。
   原判決では,この点が慰謝料に反映されていない。

 8 産業医の職務懈怠と被告の責任
 甲10号証の1ないし4の通り,原告は,「時間外超過者健康診断」を平成13年3月15日,同年4月24日,6月7日,及び7月17日に受診している。
 この時間外超過者健康診断制度は,時間外勤務が長時間に及ぶ場合に労働者の健康破壊が懸念されることから設けられているものであり,被告深谷工場では,3か月合計180時間以上の場合に当該労働者が産業医に受診することになっていた。
 証拠上明らかな範囲で上記4回の検診が実施され,深谷工場安全保健担当産業医・E作成名義の個人票が作成されている。
 この個人票によれば,すでに3月15日の段階で原告は,頭痛・目まいや不眠を訴えており,4月24日の段階で頭痛・目まい,咳・痰が出る,食欲不振,及び不眠を訴えている。さらに,6月7日,7月17日には,その症状が一層深刻なものになっていた。
 本来であれば,産業医は労働安全衛生法第13条3項により,労働者の健康を確保するため事業者に必要な勧告を行うべきであるにもかかわらず,本件産業医は,かかる職務を懈怠した。
 この結果,原告は,産業医に受診したにもかかわらず,労働条件の改善等の措置を受けることがなかった。
 産業医は,使用者たる会社の履行補助者の地位に該当すると解するのが相当であり,上記本件産業医(E)の行為は,被告の債務不履行・不法行為となる。
 また,原告が「時間外超過者健康診断」を受診した後,原告の上司や然るべき担当者が産業医と適切な連携を図ろうとした形跡は全くなく,ただ形式上健康診断を実施したことで被告の責任を回避せんとしている。この意味で,被告は,労働安全衛生法に定める産業医制度を有効に活用せず,むしろ,悪用したと言っても過言でない。

 9 うつ病が死に至る病であること
 被告の安全配慮義務違反によって原告はうつ病を発症したところ,一般的に,うつ病は,その症状として希死念慮を生じ,自殺によって死亡に至る危険の高い疾病である。
 電通社員過労自殺訴訟最高裁判決(最高裁平成12年3月24日判決,民集54巻3号1155頁)でも,「うつ病にり患した者は,健康な者と比較して自殺を図ることが多く,うつ病が悪化し,又は軽快する際や,目標達成により急激に負担が軽減された状態の下で,自殺に及びやすいとされる」と判示されている。
 また,1960年前後より発展した心理学的剖検法による自殺者研究によれば,自殺者の80%ないし100%に何らかの精神障害の存在が認められ,したがって精神障害に関連しない自殺は極めてわずかであることが明らかにされているところ(甲205の2),日本でも,1990年代に行われた調査では,自殺者のうち89%が自殺時に精神障害を有しており,最多の精神障害はうつ病性障害で,全体の54%を占めていたことが明らかになっている(甲205の1)。
 被告の安全配慮義務違反の結果,原告が発症した疾病は,死に至る危険の高い疾病である。現に,原告は,平成13年8月ころ,「いっそ死んだら楽になるだろう」とも考えていた(原告:甲101/甲159:11頁)。原審の慰謝料額では,このうつ病のもつ深刻さが,十分に反映されていない。
 また,本件において,原告と同じ職場では,原告が精神疾患を発症した平成13年に,2名の自殺者が出ており,いずれも原告と同様に長時間労働に従事していたのである(OについてY:甲124,KについてN:甲132)。うち,Kの自殺については,平成20年3月14日付けで,熊谷労働基準監督署長より,労災認定がなされている(甲199,甲200)。

 10 原告自身で健康維持の努力をしていたこと
 他方,原告自身は,日頃から健康に気遣い,それまでは毎週欠かさずスポーツジムに通ったり,M2ライン立上げ期間中も意識して睡眠時間の確保に努めたりするなどしていた。
 原告の当時の過重労働では,精神疾患はもとより,脳・心臓疾患等他の疾病により重篤な結果を生じる危険性も十分あったところ,原告自身の努力により最悪な結果は免れているのである。そして,原告自身の努力によっても,被告会社における過重労働等安全配慮義務違反によって,原告はうつ病発症・増悪を余儀なくされたのであり,かかる観点から,通常の過労死事案と比較するに,原審の認定した慰謝料額が著しく低額であることは明らかである。

 11 解雇
  (1) 本件解雇の違法性
 被告のなした本件解雇は,労働基準法19条1項本文に違反する,極めて悪質な行為である。しかも,被告は,原告の疾病が労災である可能性が十分あることを認識しながら,意図的に労災隠しを試みたのであり,悪質という他ない。
 原判決は自ら認定した労基法違反行為についての精神的苦痛を十分に考慮していない。
  (2) 解雇に至る経過
 本件解雇が違法なものであることに加えて,解雇に至る経過についての被告の態度の悪質性も存するところ,原判決はこの点を十分に考慮していない。
   ア 被告が労災申請について誤った情報を与えるなど,非協力的態度を示したり,労災隠しを行おうとしたこと
 原告は,平成14年1月ころ,被告の庶務担当から傷病手当の申請用紙を手渡された際,自己の疾病は私病ではなく労災ではないかと申し出た。すると,F課長及びK部長は,原告を会議室に呼び出し,「労災だと会社を訴えることになる」「労災と軽々しく言うんじゃない」などと,誤った情報を与えたり,非協力的な態度を示したりした。
 さらに,その後数日間,F課長は自宅で療養中の原告に電話をかけ,幾日か後に電話に出た原告に対し,「(労災申請を)考え直して欲しい」「(労災申請をすれば)会社が倒産するかもしれない」「(労災申請をすれば)たくさんの人が不幸になる」などと述べた。
 加えて,平成16年3月26日,原告はY課長に対し,「休職期間が切れるまでに復帰の目処が立たないので労災と認めて欲しい」と述べたところ,約1ヶ月が経過した同年4月23日に同課長から「労災と休職は違う」旨の回答があり,さらに同年6月16日及び同月25日に総務課課長も含めた話し合いがもたれたが,「労災にあたらない。9月9日までに復帰しなければ解雇になる」の一点張りの対応であった。この被告の対応により,原告は不安に襲われ,睡眠が取れない状態となった。
   イ 交渉中にもかかわらず本件解雇が意図的・一方的になされたものであること
 原告は,平成16年7月29日にWユニオンに加入し,団体交渉を申し入れたが,被告は同年8月6日付けで,「9月9日付けで解雇する」旨の内容証明郵便を原告に送付した(甲2)。
 団体交渉は同年8月18日及び同月27日に行われたが,被告は具体的な事実関係に触れることなく「業務上災害ではない」との結論のみを繰り返し,話し合いは進展しなかった。また,被告は業務関係等の資料の開示を一切拒否した(甲201)。
 その後,被告は,同年9月2日,「勤務実績証明書」(甲1)を,Wユニオンを通さずに,寮長から原告に直接手渡してきた。同「証明書」に記載された原告の時間外労働時間数は,実際の原告の勤務実態と反する内容であり(この点も原判決も指摘している通りである),また,法定労働時間に対する時間外労働時間数の計算も恣意的に過小計算してたものであった(実労働時間数からさらに有給休暇日1日当たり7時間45分を控除する計算が失当であることは上述した通り)。被告は,同「証明書」を原告に手渡すことによって,原告が労災申請を断念することを意図し,労災隠しを行おうとしたものと思料される。
 原告は,同月6日,東京都労働委員会に対し,あっせんを申請した。被告は同あっせんに応じ,第1回の期日が同月15日に行われることとなっていた。また,原告は同月7日付けで,被告に対し解雇を行わないよう内容証明郵便を発送し,翌8日に熊谷労働基準監督署に対し労災申請を行った。
 しかし,このように原告との間で交渉中であったにもかかわらず,被告は9月9日付けで解雇通知を内容証明郵便にて原告に対して発送し,同月13日14時に退職手続のために来社するよう通知したのである(甲202)。これに対しWユニオンから被告に対し,不誠実な対応を改め,都労委のあっせんにて問題解決を図るように強く申し入れる旨の抗議文を同月13日に発送した(甲203)。
  (3) 精神疾患療養中の原告に対する精神的苦痛
   ア 上記のとおり被告によって嫌がらせ行為を伴う不当な解雇がなされたことにより,原告に多大なストレスを与え,その精神疾患は悪化した。原告には,平成16年9月から,不眠,食欲低下,不安感,だるさ等の症状が現れ,薬の処方も,精神安定剤である「デパス」が加わっている(甲112:43頁)。
   イ 原判決も指摘するとおり,精神病患者の場合は通常人よりも反応性が高く,ストレスに対して強い苦痛を受ける(原判決50頁,59頁)。被告は,当時精神疾患で療養中であった原告に対し,上記のような違法な解雇を,交渉途中に行うという不当な経過で行ったのであり,原告に与えた精神的苦痛は甚大である。
  (4) 無効な解雇に対し高額の慰謝料を肯定した判例
 東京地裁平成7年12月25日判決(労働判例689号31頁)は,会社が新たに設立した別会社への転籍出向命令を拒否した従業員に対し,就業規則所定の解雇事由に当たるとして会社がなした解雇が無効であると判断された事例である。
 判決は,原告が従業員たる地位を有する確認,賃金支払請求権を認めたうえ,「本件解雇は無効であり,原告は,以後被告の従業員として扱われることはなく,就労する権利を侵害されたものであるから,被告の本件解雇は不法行為を構成するというべきであり,原告はこのために精神的苦痛を被ったことが推認される」と述べて,解雇に対する慰謝料として700万円を認定している。
 この判例と比較しても,原判決の200万円との認定は,著しく低額である。

 12 長期にわたる療養
  (1) 総論
 被告における業務に起因して原告が罹患した精神疾患は,平成13年4月に発症してから現在まで,実に7年以上にも及んでいる。原告は,現在もなお,抑うつ状態や不安感,睡眠障害等,生活に支障をきたす深刻な症状に苦しめられ続けている。
 なお,被告側は「精神医学上一般的には6か月から1年程度の治療で治ゆする例が多いとされている」と述べている(被告原審最終準備書面69頁)。一般論としてこのような期間の断定はできないが,仮に被告側の述べる期間が一般的であるとするならば,本件は被告側が発症後に安全配慮義務・パワーハラスメント等の行為を繰り返した結果,発症後増悪しさらに長期化したのであって,被告側の主張はむしろ自らの違法性・悪質さを自認することに他ならない。
 それにもかかわらず,原審の認めた慰謝料は,通院慰謝料に関する一般的基準や他の判例と比較しても低廉である。
  (2) 民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準
 財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部「民事交通事故訴訟における損害賠償額算定基準」では,「傷害慰謝料については,原則として入通院期間を基礎として別表Ⅰを使用する」とされている。
 「別表Ⅰ」では,通院のみの場合に,通院期間14月で162万円,15月で164万円とされ,「この表に記載された範囲を超えて治療が必要であった場合は,入・通院期間1月につき,それぞれ15月の基準額から14月の基準額を引いた金額を加算した金額を基準額とする」とされている。
 本件原告は,平成13年4月から,現在(平成20年6月)まで,優に87ヶ月間もの通院を余儀なくされており,上記基準に従えば,
 164万円+(87-15)×2万円=308万円
となるのであって,原審が認定した200万円は,通院慰謝料のみの観点からしても低額である。
 さらに,交通事故の場合には加害行為が瞬時に終了するので,通院慰謝料は治療期間に応じて算定するのみで足りるといえるが,本件では長期に渡って加害行為(安全配慮義務違反行為)が行われており,その間も原告は精神的苦痛を受け続けているのであるから,上記の交通事故の場合の基準額よりも,さらに高額の慰謝料が認められるべきである。そして,その後も現在に至るまで,原告は苦痛を伴う様々な症状に悩まされており,この点からも,さらに高額の慰謝料が認められるべきである。
  (3) 他の判例と比較しても低額である
 原審の200万円の認定は,他の判例としても低額である。
   ア 会社代表者からの叱責等によるうつ病罹患の事案
 京都地裁平成18年8月8日判決(LLI登載)は,会社代表者が,幹部社員(取締役)に対し,罵詈雑言を用いたり,無意味な質問をして叱責したこと,うつ病のため休暇中のところを呼び出して,出勤できないなら辞めろと言ったこと等が不法行為にあたるとされ,また,これらの不法行為とうつ病発症との間の因果関係は認めなかったが,一部の不法行為とうつ病の慢性化との間の因果関係を認め,うつ病の慢性化による逸失利益の損害賠償は認めなかったが,慰謝料の支払いを命じた事例である。
 同判決は,「原告に対する罵倒の件,煙草の火の押し付けの件及び同時休暇承認の件とうつ病の発症との間には因果関係はないが,原告はこれらによって精神的苦痛を受けたと認められ,その慰謝料としては,原告に対する罵倒の件によるもの50万円,煙草の火の押し付けの件によるもの300万円,同時休暇承認の件によるもの50万円が相当である」と述べたうえ,さらに,うつ病の慢性化による損害について300万円が相当であるとした。
 本件では,精神疾患が長期化している点で上記判決と同様である。さらには,被告の安全配慮義務違反行為とうつ病発症の相当因果関係がある(原審も肯定している)点,精神疾患による様々な症状によって原告に苦痛を及ぼしている点で,上記判決よりもさらに悪質である。しかるに,原審の200万円との慰謝料の認定は,上記判決と比較しても低額である。
   イ 学校におけるいじめ行為による統合失調症罹患の事案
 広島地裁平成19年5月24日(判例タイムズ1248号271頁)は,中学校生徒らのいじめ行為を不法行為に当たると判示し,一部の保護者について監督義務違反及び担任教師の保護義務違反を肯定し,さらに,いじめ行為と統合失調症との相当因果関係を認めた事例である。
 同判決は,いじめ行為自体による精神的苦痛に対する慰謝料として300万円を認めた他,「原告太郎が統合失調症発症によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は,その精神疾患の重大性,治癒の困難性等を考慮すると,1000万円と認めるのが相当である」と判示した。
 本件原告の罹患した疾病とは異なるが,精神疾患の重大性,治癒の困難性は上記事案と同様かそれ以上であり,原審の200万円との認定は著しく低額である。
  (4) 解雇通知後の被告の原告に対する態度
   ア 寮の明け渡し請求
 労働基準法19条1項に反する通知後,被告は,原告に対し,平成16年10月6日付で,寮の明渡しを求める内容証明郵便を送付した(甲204)。その後も,被告代理人は,原審の弁論準備手続の場においても,原告に対し,退寮を求める発言をなした。
 業務上疾病により療養中で従業員たる地位を失っていない原告に対し,退寮を求める被告の行為は,法律上理由を欠き,違法・不当であるのみならず,そもそも解雇無効を明確に争っている最中に,かつ,精神疾患療養中の原告に対して,退寮を求めるなど,人道上極めて問題であり,原告に対し多大な精神的苦痛を与えた。
   イ 原告への書類の手渡し
 平成16年10月22日からは,原告の居住する寮の寮長が,被告より内容証明郵便や書留によって送付されてくる書類を直接原告の部屋まで持参し,部屋の扉をノックして原告をわざわざ呼び出すなどの嫌がらせを開始した。それまで寮長が原告の部屋まで書類を持参し原告を呼び出すことはなく,直接持参する必要性もない。むしろ,精神疾患で療養中の原告をわざわざ呼び出し,解雇無効を争っている相手方である被告からの書類を直接受領させようとする行為は,精神疾患を患っている原告の症状を悪化させるものであり,原告に多大な精神的苦痛を与えるものであった。
 原告は寮長に対し,「書類を部屋まで持って来ないでください」と断ったが,寮長による書類の持参行為は,その後原告が「持ってくる理由を説明してください」と述べるまで継続した。
   ウ 訴訟の引き延ばしや「懲戒処分も考える」との発言
 訴訟において被告は一貫して業務起因性を否定し,自らの安全配慮義務違反を省みることなく,現在も精神疾患で療養中の原告に対し,不当な主張や事実に反する証言などを繰り返し,訴訟の引き延ばしを図った。
 さらには,原告が業務関係の資料を書証として提出するや,被告代理人は弁論準備期日の場において原告の目の前で「懲戒処分も考える」とさえ述べた(しかも他方で被告は自らも「社外秘」であるはずの業務資料を乙号証で提出している)。
 このような訴訟の引き延ばしや,懲戒処分の示唆等が,精神疾患療養中の原告に対して多大な苦痛となったことは明白である。
 現に,訴訟中に原告の症状は悪化し,抗うつ剤(トレドミン)が増量となり,睡眠薬も強いものに変更となった。
  (5) 小括
    上述したとおり,原判決も指摘するとおり,精神病患者の場合は通常人よりも反応性が高く,ストレスに対して強い苦痛を受ける(原判決50頁,59頁)。
    被告は,当時精神疾患で療養中であった原告に対し,違法な解雇を行うにとどまらず,その後も,上述のように,寮の明け渡し,書類の直接持参,訴訟の引き延ばしや威嚇等悪質な訴訟遂行を行ったのであり,原告に与えた精神的苦痛は甚大である。特に,寮の明渡請求等,上記のような行為を行えば,原告の症状が悪化することは当然予見できたはずであり,被告の行為は,極めて悪質な嫌がらせ行為そのものであり,精神疾患を患っている従業員に対する人権蹂躙行為である。
    被告会社は「社会・環境活動(CSR)」として,「東芝グループは従業員の安全と健康の確保を経営の最重要課題の一つに位置づけています」「東芝グループの役員・従業員の行動規範として,個人の多様な価値観・個性・プライバシーを尊重し,人種・宗教・性別・国籍・心身障がい・年齢・性的指向などに関する差別的言動や,暴力行為,セクシャルハラスメント,パワーハラスメントなど,人格を無視する行為をしないことを明示しています」などと自社ウェブサイト上でも広報していながら,実態はこれに真っ向から反し,従業員の命と健康を破壊し,その事実を真摯に反省することもなく,労災であることを否定し続け,上記のような嫌がらせ行為を継続している。
    この点からも,多額の慰謝料が認められるべきである。

 13 最近の裁判例における慰謝料額
 元大阪高等裁判所判事の後藤勇氏は,「続・最近の裁判例から見た慰謝料額(下)」(判例タイムズ1265号36頁以下)において,近年の裁判例の中から,慰謝料額について実務上参考となるものを整理・分類してコメントを付している(甲206)。
 同論考の別紙一覧表のとおり,近年,特に名誉毀損事案で200万円を大きく超える慰謝料額を認容するケースが多数に及んでおり,また,セクシュアルハラスメント事案でも,500万円を認めるものも存在している。
 人格権や性的自由に対する侵害行為に関してかように高額の慰謝料が認容されている中,本件のように,精神疾患のため長期にわたって精神的・身体的に苦しい日々を送ることを余儀なくされ,人格権や性的自由と同等に,あるいはそれ以上に,直截に生活・人生そのものに大きな損害を被った事案で,かつ,その原因が,被告による悪質な安全配慮義務違反や明確な労基法に違反する解雇,解雇後の被告の態度等によるものである場合に,200万円の慰謝料は低きに失するというべきである。

 14 結論
 以上のとおり,原審の認定した200万円との慰謝料は低額である。慰謝料額が低きに失し,著しく不相当であって,経験則又は条理に反する場合は,慰謝料額認定についての原審の裁量判断は,社会通念により相当として容認され得る範囲を超え,違法となる(最高裁平成6年2月22日民集48巻2号441頁)。
 本件により原告が受けた精神的苦痛の慰謝料としては,金1500万円を下るものではないというべきである。
 なお,弁護士費用についても,原審は80万円としたが(62頁),被告において負担すべき弁護士費用として,少なくとも訴状記載の金169万0991円が相当である。

第3 賃金に対する遅延損害金(附帯請求)
 原告の賃金請求権について,原審は判決文60頁において正当にこれを認容した。しかるに,被告は原判決に対し即日控訴し,今後も訴訟の引き延ばしを図るおそれがある。
 そこで原告は,被告に対し,平成16年10月以降各月26日以降本判決確定の日まで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

以 上

 


 


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